小説・漫画好きの感想ブログ

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「魔王」 伊坂幸太郎著

 「魔王」です。
 シューベルトでも、ダンテでも、ルシフェルでも、韓流ドラマでも、ましてや週刊少年サンデーに連載のそれでもなく、伊坂幸太郎の「魔王」であす。
 (だって、検索で真っ先に伊坂幸太郎さんが出ないのはちょっと寂しいじゃないですか)
 さて。

 今作品、実は二部構成で主人公が二人いますが、そのあたりは話がつながっているので無視して一冊として感想と紹介をさせていただきますが、あいかわらず伊坂幸太郎は外しません。大変面白かったです。出だしなんて、今現在の政治世相をそのまま描いているんじゃないかと思うくらいに妙にリアリティがあって、現実とシンクロしていて、それでいて不気味な雰囲気があってすばらしく物語世界への誘導が巧みで、一気に作品世界にひっぱりこまれました。
 全体のテーマはファシズムと個人ということになろうかと思いますが、そのファシズム的なものが徐々に日本におこって行くんじゃないかという事を、犬養という一人の政治家に集約させてイメージさせていく一方、それに対する個人のありようという事を安藤兄弟と弟の彼女の詩織の視点で描いていくのですが、それもとても上手いです。声高に自分の主張を貫こうとするわけではなく、自分の中で考えて考えて結論にいたって静かに一人でそれを実行しようとする主人公たちがとてもよかったです。
 敵対する二つの存在や思想が、まわりを取り込んで実際の物理的な戦いになるのではなく、あくまでこっそりと静かに一部の人間以外は誰も感知せずに気づかないところで相対している状況がすごくツボにはまりましたし、とても今の世相とマッチしていると思います。
 今日本は、この作品世界同様に、大人がかっこわるくて嘘ばかりついていて誰も大人や国を信用しておらず、景気は悪く、政治は停滞して外国に振り回されています。衆議院選挙をして民意を問う状況です。作品世界も同様で、その中で一人の男がひそかにムッソリーニに比肩されるような存在になるのではと思われながら出てきます。こういう状況では、状況に流されたり、自分に関係ないと思っているうちに全体がぬきさしならないところにいくしかなくなります。かくして、作品世界では民主主義ながら全体主義的な状況になっていきます。もちろん主人公たちはその逆のスタンスにいますので、そこで思想上の対立がでてきます。
 構図としてはよくあるものと言えるかも知れません。けれど伊坂作品のいいところは、先にも書きましたがそれを典型的な権力をにぎった悪役対正義の味方の孤独のヒーローという配置にはおかず、独裁はともあれファシズムという行動そのものは善も悪もないし使いようによっては善になるのではないかという事をかなり魅惑的に描いて行きます。気持ち悪いけれど、でも、それが必ずしも悪でもなければ全体にマイナスとは限らない、その中でどうすべきかを決めるのはあなたなんだよ、という問いかけがストレートに響いてきます。このあたりのバランスと皮肉が伊坂さんらしいです。
 また、政治や思想だけの話だけがメインだとエンターティナメント性が下がってしまうということで、さきほど出した主人公の安藤兄弟や、犬養、他にもおそらくは何人かに特殊な超能力のようなものが与えられていて、そのあたりも読みどころの一つとなっています。ただ、ここでも伊坂さんはあくまでそれは「超能力」なのか、それとも本当はただの思い込みなのかわからないレベルでとどめていますので、派手な超能力合戦にはならないようにして、うまく物語の本質をストレートに伝えるようにしています。
 自分は、このあたりのさじ加減が凄く上手いなと改めて伊坂さんの筆力に改めて脱帽しました。というのは、今までの伊坂作品でもそういう特殊能力は出てきましたが、その能力があってこその物語の場合は「死神の精度」や「オーデュポンの祈り」のように正面から出してくるんです。けれど、それが物語の本質にとってはあくまで彩りの場合はうまく押さえて描くんです。物語の駆動としての力やストーリーテリングにそれを利用しはするが、さりとてそこにばかり興味がいって本質を隠したりしないように細心の注意を払う。このあたりが伊坂幸太郎はすばらしいです。
 ただ、強いて最後に一つだけ難をいえば、なにがしかのもっとわかりやすい決着的なものを少し求めてしまったりもしました。さきほども書いたように思想的なものや、世の中がメインテーマにあるので、個々個人の一対一の戦いというか人生は、全体からみたら局地戦みたいなものでしかないのはよくわかるのですが、それでも、物語としての一つの決着というのを見たかったなと少しだけ思います。ある意味それはないものねだりなのかも知れませんが。
 (ただ、読み終わった方ならご賛同いただけるかと思いますが、この「魔王」はサイドストーリーや、後日談や、前日談がいくらでも描けるようになっていると思われるのでいつかはそういうのが出るかも知れません。実際、ここからかなり未来の話が「モダンタイムス」という作品でこの秋に出ます。←連載をそれと知らずに読んでいましたが、かなり雰囲気は違いますがこれも楽しめます)

魔王 (講談社文庫)

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