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「反哲学入門」 木田元著 感想 

 反哲学入門というタイトルからイメージされるような、アンチ哲学の本というわけではなく出だしは柔らかかったけれど、後半はかなりハードに哲学について語っている深い本。こちらが学がないせいもあるんだろうけれど、ひさびさに読み通すのに骨が折れた一冊でした。
 途中まではひたすら面白かったし、勝手に僕が哲学に抱いていたイメージが覆されるのがけっこう快感でした。たとえば、ギリシアあたりまでの哲学は、もともとの日本と同じ自然観で、世界は「自然と本来そうなっている」ものだったので、感性もそれに近いが、途中から世界は「つくられたものであり、一つの世界の投影としてこの世界がある」という西洋哲学独特の展開をしていき、そこから日本人のメンタリティといわゆる哲学は合致しなくなってきたが、それはやはり不自然な部分があり、最近の反哲学、哲学見直しの動きはそれを受けてのことであるという話は「なるほど」と思わせるに足るものでした。
 また、ソクラテスが「無知の知」とか言いつつ、謙虚な部分だけがイメージされているが、彼が告発されて殺された本当の原因は、彼の弟子たちがスパルタとアテネの政治的戦いイデオロギー闘争の中でかなりひどい政治や大量の殺人をしたことにあるというのも目から鱗が落ちるような話でした。特に彼の弟子の一人のアルキビアデースという人物の無茶苦茶ぶり無軌道ぶりだけで何万人もの人々が死に、酷い目にあったのを考えるとそれも仕方が無い事だったのかなと思わせられもしました。
 またデカルトの「我思う、故に我あり」も近代的自我の確立というようなものではなく、この場合の我は神学的な神の出張所としてあまねく世界を理解できるだけの能力のある理性という、我々の考える理性とはまったく別のものだからして、そういう理解は誤りである、などと挑戦的な説明もなされています。
 もちろん、こうやって読んでいくとこの人の言説がそのまま真実かどうかというのもまた疑ってかからなくてはならないところなのですが、まったくの虚像ということはないでしょうし、そうした理解もしうるということで、こちらの読み手側の哲学の幅というか理解・検証するための見方がいくつか増えたことは確かで、そういう意味では良著だと思います。ただ、いかんせん、中盤くらいから話が専門的になりすぎるのと、概説ではなくて、個々事案の説明が非情に煩雑になってくるので、読むほうからするとすこし興味が薄れてしまったのは惜しいところです。
 ことが哲学が相手ですから、もう少し概要説明とおおざっぱにでいいので流れが理解できるほうが良かったかも知れません。このあたりの感覚と問題は、学校の歴史教科書問題に似通っています、縄文・弥生・平安・鎌倉時代あたりまでは歴史も簡単でわかりやすいのが、近世・近代の歴史になるといきなり色々な要素と事件が事細かに記されすぎていてかえって全体像というか流れがつかみにくくなり興味が薄れてしまうあれに近い感覚です。
 そこだけが唯一残念でした。でも、全体としてはとても良い本でした。

反哲学入門 (新潮文庫)

反哲学入門 (新潮文庫)

 
『西洋という文化圏だけが超自然的な原理を立てて、それを参照にしながら自然を見るという特殊な見方、考え方をしたのであり、その思考法が哲学と呼ばれたのだと思います。』これが一番すとんと腑に落ちるところでした。