「香菜里屋を知っていますか?」 北森鴻著 感想
若くしてなくなった北森鴻氏の代表シリーズの一つ「香菜里屋」シリーズの最終巻です。
先日文庫版が出たので、再読致しました。
三軒茶屋のはずれにあるビアバー香菜里屋。度数の違う4種類のビールと、ひとひねりした創作料理で心地よく酔わせてくれる居心地のいい店です。ここにやってくるお客さんの話をメインにした短編ミステリ集「香菜里屋」シリーズは、ビアバーのマスターの工藤が、お客さんの言葉のはしばしから事件の謎を解いていくアームチェアディティクティブタイプのミステリで、その謎解きの美しさと、主人公の工藤の人柄、そしてビアバーで出される料理のおいしそうな描写に、気持ちよく酔える上質のミステリで本当に傑作シリーズでした。
「花の下にて春死なむ」「桜宵」「蛍坂」どの短編集も本当にいい出来でした。
そして、本書はそのシリーズの最後を締めくくるのにふさわしく、主人公の工藤の過去と、何故彼が「香菜里屋」という店を開いているのかという謎を解いていくお話です。過去の哀しい事件の顛末と今後の工藤の行く末が語られるそれは、ドラマ性が高く、それだけで満足がいくものですが、本書はさらに大きな趣向が凝らされています。それは、作者の北森鴻の他の人気シリーズの主人公達がオールスターキャストで、お店の常連客として登場するというものです。
冬狐堂シリーズの彼女もきているし、某民俗学者シリーズの助教授もきています。
なので、もしまだ北森鴻のシリーズを読んでいなければ、これだけで読むよりは、先にその二つのシリーズを読まれて、前出の「花の下にて・・」以下の作品を読んで、この作品を読まれるのが一番いいと思います。というよりは、北森鴻の作品を未読であれば、この作品は著者の色々な作品を全て読んだあとの一番最後に読むのが贅沢でいいかも知れません。
北森鴻という作家は、とても不思議な作家さんで、文体や筆の運びは非常に硬質で、ときに切れ味の鋭さが冷たさをも感じさせるのに、登場人物たちは心の奥底が非常にエモーショナルで(心温まる話もあれば鬼気迫る話もあるのですが、いずれの場合も)、読んでいるとその作品世界にひきこまれます。哀しい話であれば哀しく、楽しい話であれば楽しく、心温まる話であれば心優しい気分に心底なれます。ストーリーを追うというよりは、北森鴻が作り上げる作品世界を追体験するように感じられるのです。
なので、読み終わるとちょっと疲れる部分もあるのですが、その披露さえも心地よいのです。なので、彼のファンは、彼の本が出るとむさぼるように読み、次が出るのが楽しみで仕方ありませんでした。
しかし、ご存知のように彼はもう二度と帰らぬ人となってしまったので、この本はある意味すごく特別な本になりました。なので、彼の他の作品を未読の人は、一番いい状態でこの本を堪能するためにも、他のシリーズを読んでからこれょ読むことをお勧めします。
(ただし裏京都シリーズは別に読まなくても大丈夫です)
ハードカバー同様に、「ラストマティーニ」「プレジール」「背表紙の友」「終幕の風景」「香菜里屋を知っていますか」を収録。文庫版は、「双獣記」という別作品が同時収録されています。
- 作者: 北森鴻
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/04/15
- メディア: 文庫
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