小説・漫画好きの感想ブログ

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「鏡の影」 佐藤亜紀著 感想

 佐藤亜紀の劇的転換期のきっかけとなった作品。
 宗教革命前夜のヨーロッパを舞台にした、とある哲学者ヨハネスの彷徨と堕落の物語。ファウスト博士とドクターメフィストの物語を彷彿とさせる筋書きで、真理をつきとめんとする研究家ヨハネスの前に現れた、グランツシュピーゲルという名前の美少年。彼を下僕のようにしつつ(ある程度は悪魔の使いかと認識しつつ)、彼と一緒に放浪の旅にでる主人公は、美しい少女に恋をし、真理のためには身体も売り、友のためには異端審問にかけられる事もいとわず、また堕落のためには自らの魂すら簡単に売り渡しながら、この世の生成の秘密とその変換を追い求めます。しかし、彼がその真理をつきとめた時に起こる事態は、世界の崩壊の序曲でなければ世界の創世のおごそかな始まりでもなく、まさに悲劇と喜劇がないまぜになったような不可思議な事態となります。
 このあたりの構成はまさにお見事。途中の遍歴の場面場面のエピソードも見事ながら、全体を通してみた時に彼の魂が辿る変遷はまさに、悪魔が望んだ悲劇と喜劇の織物になっているところが秀逸です。キリスト教的世界のありようの滑稽さを悪魔が見事に浮かび上がらせています。
 どこか自棄になりつつも、全てのこの世の事柄を冷めた作り物の世界のように眺める主人公の精神状態も語り部としてはちょうどいい具合で、とても楽しめました。お勧めです。

鏡の影 (講談社文庫)

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