小説・漫画好きの感想ブログ

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「天使の牙から」 ジョナサン・キャロル著 感想 

 本年20冊目の紹介本です。
 もはや、ダークファンタジーの大御所といってもいいジョナサン・キャロル氏の作品の再読です。
 この作品は、彼が死に神をモチーフにして描いた作品で、主人公と死に神たちとの命をかけたやりとりや駆け引きがなかなかスリリングでウィットに富んだ作品です。主人公の一人、ワイアットはガンで余命いくばくもなくない人気テレビコメディアン。彼の恋人の兄が経験した事件から、死に神と接触してしまいます。死に神は、うまくつきあえば命の時期を自由に操り、人間にこの世の秘密、あの世の秘密を教えてくれる存在であるけれど、一つ質問を間違えてそれを理解できないと人間の寿命をどんどん削りとってしまいます。最初は夢の中だけの接触が次第に現実を浸食していきます。
 一方同じ頃に、元ハリウッドのスター女優でもう一人の主人公のアーレンは、人気の絶頂時にいきなり隠遁した先のウィーンで、激しい恋に落ちていました。突然現れたストーカーまがいに見えた男が、実は有能な戦場カメラマンであると知った彼女は、彼の才能と人柄、言葉の巧みさにどんどんと惹かれていきます。
 ワイアットと、アーレンが出会うとき。
 死に神はその正体を現し、二人の現実の生活を根底から揺さぶります。
 これ以上は話が話だけにネタバレになるので書けませんが、果たして彼ら死に神とはどういった存在なのか。死に神は何故死を司っているのか。人間をどう思っているのか。そういうことが物語の中の核心の謎として提示され、愛とはなんであるか、永遠ではなんであるかがそれに絡めて提示されます。
 多分に哲学的な要素が深いし、謎を謎の部分のままにほうってあるところがあるので、好き嫌いがきっぱり分かれる作品だと思うし、人によっては「なんなんだ、これ?」と放り投げたくなるエンディングかも知れません。でも、神とは何であるか、人間とは何なのかがこれ以上ないくらい単純化されたようなお話よりも、個人的には、こういう物語が終わってからも何度も何度も読み返したり考えさせてくれるようなお話が好きです。しかも、哲学的であるにもかかわらず、このジョナサン・キャロル氏の作品は、他の作品でもそうですけれど、哲学的であるにもかかわらずストーリーも先を読ませない面白さに満ちています。また、何回でも再読するに足る新しい発見がそこにはあります。
 全く同じ体験をしても全く違うことを考えるのも人間なら、他のすべての生き物にできない何かをもっているのも人間です。そして、同時にとても愚かしいのも人間です。もっといい生き方をしていたら、もっとあの時こうしていたら、そういうことを思わない人間はいないと思いますが、それのもっと深いところで気づきがあったら??
 読んで損はない一冊です。

天使の牙から (創元推理文庫)

天使の牙から (創元推理文庫)