小説・漫画好きの感想ブログ

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「黒い山」レックス・スタウト著 感想

 ポケミスから出版された、レックス・スタウトのネロ・ウルフシリーズの異色作。
 本作は、彼が贔屓にしている凄腕の料理人のマルコがニューヨークで殺されたことから始まる国際陰謀劇を含んだミステリーです。マルコは、シリーズの他の作品にもちょいちょい登場する人物で、主人公のネロ・フルフと生まれ故郷も同じモンテネグロ人。口のおごった美食家のウルフをも唸らせるその腕もさることながら、二人は幼なじみだったこともあり、いまやニューヨークで押しも押されぬ高名な名探偵となっているウルフとはいい意味で関係がずっと続いている人物だった。そんな彼が突然に殺されたということで、怒り心頭のウルフは調査に乗り出すことにしたが、まったくといっていいほどに手がかりが得られない。そんな彼のもとへウルフの養女が彼が故国モンテネグロの反政府組織の独立運動の為に働いていたから殺されたのではないかと言ってくる。当初はその意見を却下していたウルフだが、彼女までもが突然消息を立ち、ついでモンテネグロで彼女が殺されたというニュースを聞くこととなる。
 かくして怒りに燃えたウルフは、ウルフらしからぬ行動力を発揮して、飛行機でモンテネグロへと向かうのでした。
 ということで、ここまで読んで「え?」と思った方もいるでしょうが、今回のウルフはなんと外出します。それも家を出るというだけでなく、ニューヨークからも出て、なんとイタリア経由で故国のモンテネグロまで飛行機と船で移動します。これ、普通の探偵なら当たり前ですが、体重七分の一トンで、ビール一つ自分で動かさないウルフからすると驚天動地の動きです。しかも、ちょっとだけネタバレすると、彼はモンテネグロではスパイアクションの真似事までしてしまうのです! ウルフなのに。
 そんなわけで異色作も異色作ですが、助手のアーチー・グッドウィンとのコンビの楽しさや、口先三寸と頭脳の働きだけでどんな窮地をもおしきってしまうウルフの口達者な様子はいつも通りなので、その辺りはご心配なく。ただ、今回は語り手であるアーチーが殆ど喋れない状況になるので彼の軽口が聞けなかったのが残念といえば残念。あと、さきほどから出てくるモンテネグロという国名。ピンとこない人も多いと思うのですが、チトーが連合させたユーゴスラヴィアの国の一つといえばわかるでしょうか。或いはボスニアやヘルツゴヴィナとか出してくるとわかるでしょうか。そうです。あのあたりのお話なのです。このネロ・ウルフのお話、発表自体が今から50年くらい前で今とは国際情勢も全然違っていて、このあたりのヨーロッパの歴史が苦手な日本人には正直わかりづらい部分もあります。大筋的にはそれがわからなくても面白さには影響しませんが、そこに感じられる反政府主義の動きとか強烈な赤狩り(レッドパージ)の合わせ鏡のような共産主義秘密警察の話など、ちょっとわかっていると更におもろしい読み物です。
 しかし。
 本国発表から半世紀がたっても、まだ日本で翻訳がされ続ける作家さんというのも珍しいし、それだけネロ・ウルフという探偵とアーチー・グッドウィンのコンビが魅力的なんだなぁと改めて思いました。
 

黒い山 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1828)

黒い山 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1828)