小説・漫画好きの感想ブログ

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「モダンタイムス」 伊坂幸太郎著

 「いいか、小説ってのは、大勢の人間の背中をわーっと押して、動かすようなものじゃねえんだよ。音楽みてえに、集まったみんなを熱狂させてな、さてそら、みんなで何かをやろうぜ、なんてことはできねぇんだ。役割が違う。小説はな、一人一人の人間の心身体に沁みていくだけだ」
 これが伊坂幸太郎の本音かな。ずばっと直球で沁みました。
 さて。
 「魔王」の時代から数十年後のお話。
 「魔王」で出て来た安藤兄弟も、犬飼首相の秘書のようだったあの人も登場しますが、物語のテーマや本質は受け継いだものの別物として予備知識がなくても読めるようになっています。ただ、できれば先に「魔王」を読んでいたほうが、この物語の提示するテーマや思考の流れがより重層的に迫ってきます。 
 物語は、主人公の渡部拓海が、暴力的な男・岡本猛に突然拉致されて拷問されかかり「勇気はあるか?」と問われるところから幕はあけます。前作が前作だっただけに、何で拷問されるのかと気にしてみれば「浮気しているんじゃないのか?」という浮気調査だったりします。まぁ、浮気調査で拷問にかけられたり骨を折られたりするのもどうかとは思うのですが、そんなちょっぴりギャグテイストの始まり方をした物語も、どんどんどんどんシリアスになってきて、謎の人物が周辺を徘徊し始め、先輩は失踪し、後輩は性犯罪事件の主犯として捕まり、知人が拉致され、、と徐々に洒落にならない事態に物語は進んで行きます。
 大きなあらすじ等は下手に紹介しても興趣を削ぐだけなのであえて割愛しますが、この「モダンタイムス」という物語は、矛盾した意見をぶつけあって進んで行くし、思想や思考の流れなんていくらでも誘導できるんだということをこの小説の中で実際にいくどかやってみせ(そして潰してそれがいかに誘導されたものであるかを暗示し)るので、前作「魔王」以上に、考えるということ、読み手が深く感じる事を要求する小説になっています。
 勿論、表面上だけ読んでいくと、そんな風なこともなくジェットコースター小説のような感じで次々と事件が起きるし、主人公はとどまるということを知らないし、それでいて小説家・井坂好太郎! が登場したり、ギャグテイストが満載なので、そんなようなシリアスさも軽くさらさらと読めてしまいます。彼の売りであるリーダビリティーの良さが遺憾なく発揮されていて、どんどん読めてしまいます。けれどこの「モダンタイムス」は、その本質は伊坂幸太郎のけっこう真剣な問いかけであり、作品的にはかなり野心作であると強く感じます。
 「そういうことになっている」というシステムの話をちょっと寒くなるようなリアリティをともなって語ると同時に、ごく当たり前の感覚として「でもやっている人間が何も感じないなんて許されない」と正論が出て来て、自分は果たしてどっちなんだろうと悩んだり。しかも「知らないうちに関与している悪」なんて出てくるとけっこう考えることが多いです。
 あ。
 でも、エンターティナメントを忘れる伊坂幸太郎ではありませんので、読んでいる間はとても楽しくもあります。ワクワクドキドキしながら楽しく読めます。けっこう分厚い本なのに、もうちょっと読みたいなぁと思っている間に物語は終わりますので安心して下さい。

モダンタイムス (Morning NOVELS)

モダンタイムス (Morning NOVELS)


 追記:文中で出てくる「童貞男がカポエラを使う色男と戦う」漫画は、「ボーイズオンザラン」という漫画で、この「モダンタイムス」がモーニングに連載をしていた時の挿絵を書いていた花沢健吾さんが書いていた作品です。けっこう面白い漫画でした。
 文中で言及されるチャップリンの映画や、ブランドン・リーの「クロウ」なども面白いです。作品が気にいったら、これらの作品も是非見てみてください。