小説・漫画好きの感想ブログ

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「夜市」 恒川光太郎著

 各所で取りあげられている人ながらまだ未読だった恒川さんの初文庫です。
 「夜市」ホラー大賞の受賞作ということですが、読んだ感じで言えばホラーというよりはダークファンタジーというカテゴリの作品のような気もしますが、そういうジャンル分けをするには最近の新人の中ではダントツのオリジナリティと個性がありすぎる作家さんだなと思いました。
 デビュー作の「夜市」と、この本のための書き下ろしの「古道」の二作品を収録。
 どちらも切れ味が鋭い作品です。
 ざっとあらすじを紹介すると、「夜市」は、いくつかの世界が重なり合うところで開かれる夜市という市場に迷い込んだ男女の物語。人間以外の客と店主が溢れかえる夜市におびえる彼女を横目に、男は確信に満ちた足取りで歩く。彼の目的と、意外な過去とは・・・。もう一方の「古道」はこちらも古来からある不思議な道に迷い込んだ少年と、そこでであった青年の話。こちらの「古道」も、現実の日本と重なり合うよりにありながら、特殊な人間以外は入れない、そしてそこには独特のルールのある異界が存在していたという物語。 
 どちらも、日常の陸続きに異なる世界が存在しており、そこに入り込んでしまった人間の物語です。
 特徴としては、やはり語り口の不思議な味わいと、思い切ったストーリー展開でしょうか。こことは違う世界、異界だからでしょうか、人間の価値は絶対ではなく、あくまでその価値は相対的なもの。だから、売り買いもされれば、殺され、食べられ、捨て去られます。しかしながら、だからといって人間が一方的に弱いわけではなく、人間も数ある種族の一つとして独自の地位を築いています。あくまで人間が下位なわけではなく、ただ違う世界であるということがしっかり根底にあるからでしょう。そのあたりのさじ加減が絶妙だし、それはきっと著者の目には未耳にはその違う世界がくっきりと見えているからでしょう。だからこそ、その世界を説明する言葉はいたって平易、特におどろおどろしい形容や、ことさらに大仰な描写はありません。だけれども、明確なビジョンがあるからこそ、普通の言葉の組み合わせでも、読み手にはその世界が明瞭な輪郭をもって恐怖とともに伝わってきます。それも、ハードな勢いがあるものとしてではなく、しっかりとひそやかにあるものとして。
 才能、なのでしょうね。
 ということで、ベタポメすぎるように聞こえるかも知れませんが、才能を感じさせる作家さんにまた一人巡りあえました。
 個人的には、「古道」のほうが「夜市」より数段気にいりました。

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)