小説・漫画好きの感想ブログ

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「半島を出よ(上)」 村上龍著

 こんばんは、樽井です。
 明日は本来休養日ですが、お客様の都合で休日出勤です。ちょっと交通の便が悪いところなので(車だとラクチンなんでしょうけれど、電車とバス、もしくはタクシーだと結構大変な場所にあります)、寝過ごさないように気をつけます。ただ、北方水滸伝の新刊が出ていて、それが手元にあるとなると、、、むむむ。
 さて。


 「半島を出よ(上)」 村上龍

 内容が濃い小説になりそうなので(また下巻はまだ読んでいないので)、上と下を分けての御紹介にします。
 この小説は、北朝鮮民主主義共和国の特殊部隊9名が日本に潜入、プロ野球オープン戦で盛り上がる福岡ドームを武力制圧。彼らを人質に国内から五百名の特殊部隊隊員を引き入れ、福岡を中心に九州を占拠してしまう物語です。北朝鮮への反乱軍を名乗った彼らに対しては、北朝鮮からは反逆者故に好きにしてもらってもいいという回答が正式に日本政府にだされ、アメリカは日本を守る価値を見いださず九州から撤退。日本政府首脳も、首脳陣の不在の間に先手を取られ、愚かにも特殊部隊隊員を逆制圧するチャンスを逃し対策を取れないままに九州を封鎖して本州と切り離してしまいます。
 日本に北朝鮮が攻め込むなんて、ナンセンス、無茶苦茶な話だと普通は思いますが、読んでいるとじわじわともしそうなったら日本政府の対応はこの小説にでてくる弱い政府よりさらに弱腰なんじゃないだろうかと暗澹たる気分になりました。そして、それは政府がどうこうという以前に、我々一人一人も日常であまりにも暴力や戦争から切り離された世界に住んでいるから、いざこういう事態になったら闘う前に全ての戦意を喪失してしまうかも知れないリアルさからくることに気付いてさらにもう一度暗くなってしまいました。
 小説の中で語られることですが、日本人は暴力に慣れていないし暴力を振るわれることに我慢ができない。だから、自分が逆に暴力を振るう事、徹底的に暴力で何かを解決することを考える能力を失ってしまっているのだ、というのは妙にリアリティがあります。今の若者が粗暴だという話はよくされますが、あれとても自分が反撃されること暴力に飲み込まれることがないことが前提でのことで、自分がまったく同じような事をされるという前提の世界では決してああはなれないのは目に見えてあきらかです。
 戦争から六十年余、日本人は本当に暴力に弱くなったと思います。
 それがいい事だとも悪い事だとも一概には言えませんが、最近の外交問題とか軍事の問題を見ていたら、日本はそのことについて完全に力を失っていることはやはり事実ですし、そのことが弱点としてしか作用しないような処世を国際社会でしているのが暗い気持ちにさせます。 
 話を小説に戻しますが、そういう弱い部分を突かれて、福岡市民は北朝鮮の軍隊に侵略されたのに従順に従い、政府も市民を巻き添えにしてでもという断固たる軍事対決をしないままに時間が過ぎていきます。上巻の最後のほうで初めて反抗作戦らしきものが始まりかけますがあまりに弱そうです。むしろかえってそうした予期せぬ事態に北朝鮮兵士の方が不思議な心持ちになっています。あまりにも従順な市民。信じられないほどの贅沢な市民の暮らし。北朝鮮では考えられない衣服等の個人所有物という概念。ヌード写真がどこででも手に入る異常な誘惑と堕落した街。それらに彼らの中にもなにかが目覚めていきます。まだ何かは彼ら自身にもわかりませんが、何かが彼らの中にも起き始めています。そういう状況の中、下巻に物語は続いていきます。
 果たして、北朝鮮のもくろみは成功するのか、韓国、アメリカ、中国はどうでるのか。
 そして、このレビューではあえて触れなかった、経済が破綻してあぶれだした異端の若者たちの集団はこの物語にどう絡んでいくのか(上巻で結構ページを割いているわりに彼らは全然まだ物語の本筋に絡んでいません)。
 ひさかたぶりに村上龍に興奮の一冊でした。
 追記・小説の中で2007年に各施設の一部停止と放棄で、アメリカが北朝鮮に大幅に譲歩。北朝鮮問題でアメリカが日本から距離を置き、自民党が大敗して下野するという下りがあります。予言にしては当たり過ぎです^^

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)

半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)