小説・漫画好きの感想ブログ

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「つむじ風食堂の夜」 吉田篤弘著 感想

つむじ風食堂の夜」 吉田篤弘著  

読むべきにとき、読まれるべき本が側にあることは幸せだ。
そんなことを病室で思った。
この本、「つむじ風食堂の夜」を病室で読んでいる時の話だ。「つむじ風食堂の夜」は、いわゆる連作短編集で、一つ一つの話は短く、さらっと読めてしまう千夜一夜のような話である。主人公は、六階建ての建物の屋根裏のような七階にある小部屋に住んでいる。彼は、そこにいくのは三十六段の階段を上るしかない、ちょっと不思議な部屋だ。彼はマジシャンの父を持ち、表向きは人工降雨の研究をしているちょっと風変わりな男で、彼は夜になると近所の四つ角にある「つむじ風食堂の夜」という食堂に行く。そこには、近所の商店街の面々が夜ごとに集い、フランス料理を学んだという無口なシェフの作るクロケット定食を始めとした、定食屋なのにしっかりとした定食を食べている。つながっているような、つながっていないような不思議な空間で時間が流れてゆく。
読んでいるうちに、すこしずつ主人公達の内側がわかってくるのだが、そこまではまるで霧の中を歩んでゆくような頼りない足取りで作品の中を歩んでゆくことになる。そして、その頼りなさも、文体の軽さのおかげで苦痛ではなく、この作品に於いては少しずつわかってゆくのが楽しみにもなっていて、僕はもう一篇、もう一篇と読んでいった。
主人公は、本人は自覚していないかも知れないが、かなり不器用な男である。自分の感情をうまく表現するのも苦手だし、浮世離れしているし、なにより漠とした生き方しかできないようである。しかし、それがまた心地よかったりもする。なんとも不可思議な
文章の読みやすさや、この軽みは誰に例えればいいのかとずっと迷っていたのだが、(異論は色々あると思うし別作品はしらず、この作品に関していえば)伊坂幸太郎星新一の中間くらいではないだろうか。伊坂幸太郎作品のような、ちょっとアウトローでシニカルなタイプは少ない。いまどきの空気感もない。星新一作品のような突然世界がひっくりかえるような展開はない。けれど、読みやすさ、すっと入ってくる感じ、どこかノスタルジーを感じるようなタッチは、この二人に近い気がする。
さて。
あらすじや感想はさておくとして、この作品の中で何故か心に残った一文があるので、最後にそれをここに書いておきたい。主人公が深夜に食堂にいくときに通る果物屋での一コマだ。

いつ通りかかっても彼は本を読んでいて、夜になるとページをめくる手元にオレンジをいくつもごろんと並べているのが妙だった。
「なんのおまじないです?」
あるとき訊いてみたら、
「こうするとオレンジに電球の灯が反映するでしょう? 本を読むのにちょうどいいぐあいの淡い光になるんです」
なるほどたしかにオレンジ色の果皮はわずかな光を甘やかに反射し、自ら発光しているようかのようにほのぼのと明るい。まるで、月そのものがごろんとしているように。

ちょっとオレンジを買ってきたくなった^^ 
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つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)

つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)