小説・漫画好きの感想ブログ

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「PK」 伊坂幸太郎著 感想

 PKといえば、サッカーのPKを連想するのが当たり前になったのはいつの頃からだろう。サッカー好きだけでなく、国民全体がだ。この前の岡田監督率いる南アフリカでのワールドカップから。いや、その前のドイツ大会? そとも、日韓共催のワールドカップの頃から? いつの間にかPKといえばサッカーの一対一の勝負が絵として頭に浮かぶようになったのは、いつからだろう。一昔前にはPKといえば、超能力かなにかを思い浮かべる人のほうが多かったように思う。
 しかし、時代は流れて、僕ですらPKといえばそちらを思い浮かべるし、今ではサッカーファンとなった僕にすれば、その言葉は「チャンス」とか「ピンチ」と密接に結びついてドキドキする単語になった。この伊坂幸太郎の作品での「PK」も、もちろんの事ながらサッカーのそれのことで、物語の冒頭シーンであり、物語の核のシーンの一つとして、ワールドカップ進出決定戦での日本VSイラク戦のロスタイムの出来事としてそのシーンが描かれる。
 その日は何故か調子があがらずチャンスを逃し続けていたエースストライカーの小津が、最後の最後のロスタイムに三人抜きを決め、シュートを撃とうとした瞬間、イラクチームのファウルによりピッチに倒され、PKを獲得。PKを前に、重圧のためか苦痛に歪んだ顔をする小津の前に、チームメイトが何事かを囁く。すると彼は満面の笑みを浮かべ、最後のPKを見事に決める。いったい、彼は何を言われたのか。そこにどんな意味や背景があったのか。この二人は、この試合から数ヶ月不可解な死を迎えることになる。。。

 というようなイントロで話は始まるのですが、、実はのこの「PK」という小説。三編の短編小説の複合体です。「PK」「超人」「密使」という三作がそれなのですが、、、実はもともとは別の作品、それをこの一冊にまとめるにあたって、微調整をして、それぞれが繋がっているように改変されています。しかし、、、その改変によって何が起こったのかというと、ずいぶん正直に書いてしまうと、よりわかりにくい世界と世界観の混乱が起こっています。早い話がわかりにくい、居心地の悪い作品になっています。
 以前に書きましたが、僕は伊坂幸太郎作品の多くは好きで、伊坂幸太郎ファンを自称しています。ですから、こういうことを書くのは心苦しいのですが、今回に限っては、これは三つはバラバラの話として読んだ方がいいし、変に改変せずにそのままのテイスト、本来の味わいで出して欲しかったなと思います。
 端的にいえば、この三編、それぞれが「陰謀と決断」「スーパーマンと未来予知」「タイムトラベルとパラドックス」というお題をもった話なんですが、落語の三題噺ではないので、そもそもが別物の話をスターシステムでつないだが為の機能不全を起こしています。下手に混ぜてしまったがために、マヨネーズを作ろうとしたけれど、卵の黄身と油が分離してだまだまになったままで、なんだかちぐはぐな味がする、といったところでしょうか。ところどころはきちんと融合しているのですが、あきらかにテイストが違う部分がよけいに気になりました。もともとの伊坂作品特有の空気感や文体がいいだけに、気になりだすとそれがとても気になります。非常に勿体ない気がします。
 過去作品のいずれもが素晴らしい作家さんだけにもったいないです。
 「死神の精度」のような同一主人公、同一世界での連作短編集などは上手くできているし、他作品のキャラクターが作品横断的に登場するのも彼の作品の愉しみの一つではあるのだけれど、今回はちょっと失敗したかなと思います。
 スーパーマンにしろ、未来予知をする青年にしても、パラドックス問題にしろ、陰謀論にしろ、勇気と臆病が伝染する話にしろ、それら一つ一つはモチーフとして非常に面白くなりそうなだけに残念です。

PK

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