小説・漫画好きの感想ブログ

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「僕僕先生 胡蝶の失くし物」 仁木英之著 感想 

 本年131冊目の紹介本です。
 大人気の中国ファンタジーロマン、「僕僕先生」のシリーズ第三弾です。今回の「胡蝶の失くし物」では、新キャラとして胡蝶の「劉欣」が登場します。胡蝶というのは、大唐帝国の暗部を司る暗殺者集団で、表向きは監察官のようなことをすることになっていますが、実際には暗殺業務を行う部署で、彼らには倫理や政治的な意図はなく、一人一人が頭からの指示を受けて、殺しを行います。その組織の中でも実力者として恐れられている劉欣が、頭からの命令で僕僕先生と王弁を殺しにくるところから今回の物語は幕をあけます。
 手足が異常に長く、かつまた面相が骸骨のようだということで幼い頃から化け物として忌み嫌われてきた劉欣は、自分を拾って育ててくれた義理の両親と、異形の自分に居場所と仕事を与えてくれた胡蝶の組織に絶対の愛情をもっていました。というよりは、その二つ以外に価値をおかず、それ以外のものはどうでもいい殺し屋として成長した劉欣。彼を倒すほどの力をもった者は彼が絶対の忠誠を誓っているお頭しかおらず、両親に対しては彼らが彼を愛する以上に愛情を感じている彼にとっては、それは絶対の存在でした。しかし、僕僕先生を暗殺しようとする中で、思いがけず両親への愛情と組織への義理の板挟みにあう羽目になり、ついには、彼は組織にも追われる身になってしまいます。
 そんなこんなの中で、僕僕先生一行と一緒に旅を続けることになった劉欣、そして前作から登場している薄妃。この二人の苦悩を中心にこの第三巻は話が転がって行きます。ある意味、一巻や二巻と比べるとちょっと苦い味わいもあるのがこの第三巻です。一巻、二巻でも僕僕先生と王弁くんの恋の合間に苦い話はありましたが、この第三巻で語られる苦みには、人間の越えられない苦しみや、気持ちだけがあっても容易に解決できない壁が含まれ、ご都合主義には事件を解決しない僕僕先生の方針とあいまって、読み手の側であれこれと自分のことをなにがしか投影して読んで迷うことと思います。
 報われぬ恋であったり、中間管理職の悲哀であったり、夢と現実の狭間であったり、絶え間なく責め続ける劣等感であったり、人間関係のしがらみであったり、そういうことを投影して読むことになると思います。
 それだけに、ラストで劉欣が選ぶ選択であったり、薄妃が下す結論にはしみじみと共感を得れるのではないかと思います。
 一巻の読み心地として、僕はこの小説は、まるで杏露酒を飲んでいるように甘くいい薫りがすると表現しましたが、この三巻ではそういう甘さは少ない分、仮にお酒に例えるならば、じっくりと熟成された琥珀色のブランデーを飲んでいるような、全体的には甘いんだけれどその中に熱さときつさをのど元に感じるような、そんな印象を持ちました。
 
 

胡蝶の失くし物―僕僕先生 (新潮文庫)

胡蝶の失くし物―僕僕先生 (新潮文庫)