小説・漫画好きの感想ブログ

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「虚栄の肖像」 北森鴻著 感想

 文庫で彼の作品を追っている身には、今年の春に早逝された北森鴻氏の遺作ともいってよい作品。
 これを最後に北森鴻作品が読めなくなるかと思うととても深い喪失感を覚える。
 語り口、色合い、雰囲気、テイスト、どれもが千変万化する北森作品ですが、硬質度と狂気の淵に近づく大人好みの強度としては一、二を争うこのシリーズは、氏の最後を飾るにふさわしい作品だったかも知れません、、謹んでご冥福をお祈りします。
 さて。
 作品内容は、三つの連作ミステリ短編集となります。主人公は「深遠のガランス」で御馴染みの左月恭壱。花屋と絵画修復師の二つの顔をもつ男です。絵画修復のほうは表に出ない仕事ですが、彼の審美眼や修復の能力は日本随一といわれ、いろいろないわくのある作品が彼のもとに持ち込まれます。
 今作でも、さる豪商の家に置かれたいる家族の肖像の修復が奇妙な政治的闘争をまきおこす表題作のほか、パリで活躍した藤田嗣治の修復を依頼された佐月が、十五年前に別れた恋人に再会する「葡萄と乳房」。俗にあぶな絵とよばれる女性緊縛画で有名な暁斎の、その孫弟子らしき謎の絵師を探るうちに意外な事実をさぐりあてる「秘画師遺聞」の三作品すべてにいわくのある作品が登場します。
 クールで、芸術に関してはとことんストイックで、それでいて水面下では芸術に関しては自身も狂気をもつ恭壱はなかなかに魅力的な人物です。特に今作では、ふだんは女性に対して積極的に興味を見せないハードボイルドな雰囲気を漂わせている彼が、かつての女性に深い衝動を覚えるシーンなどもあったりして読み応え十分でした。
 文句なくお勧めできる一冊です。

虚栄の肖像 (文春文庫)

虚栄の肖像 (文春文庫)