小説・漫画好きの感想ブログ

小説・漫画好きの感想ブログ

「梟与力吟味帳2  日照り草」 井川香四郎著  

 「おぅおぅおぅおう てめえらこの桜吹雪を見忘れたってんじゃあるめえな」という名台詞で有名な方といえば、日本国民の三分の一くらいは「遠山の金さん」こと、北町奉行所のお奉行様の遠山金四郎殿のこととわかるでしょう。すぎ良太郎を思い浮かべるか、松方弘樹を思い浮かべるかは人それぞれでしょうが、ドラマのあの方を思い浮かべるでしょう。
 さて、この遠山の金さんが実在の人物であることは言うまでもないことですが、その金さんが北町奉行ということであれば、当然のことながら南町奉行所のお奉行さんもいて、それがかの有名な鳥居耀蔵です。陰険で、おとり捜査も辞さず、常に幕府側にたつ姿勢から市井の人々にはずいぶんと嫌われていて、そのぶん遠山さんの人気が高くなるという形になってしまったわけですが、この二人がことあるごとに衝突していたのは事実のようです。
 そういう背景を舞台にした時代ミステリがこの「フクロウ与力」のシリーズです。北町奉行所の吟味方与力の藤堂逸馬というのが主人公なのですが、遠山の部下ということもあって、人情派の好漢です。もともとが人形町の名主の息子だったのが養子で武士になったというだけあって、世事にも長け、庶民の味方として、悪い事は悪い、不条理なことを許せないと、事件の真相を求めて突き進みます。そして、その不条理のおおもとが、けっこうな悪事もこみこみで、南町奉行所の鳥居耀蔵に行き着くことが多いというのがこのシリーズのパターンです。
 北町が追う犯罪の大本が、南町奉行その人というのはいかにもな勧善懲悪だし、そのくせ相手が大本だけにさまざまな妨害工作があって事件の解決は難航、真実が明らかになっても鳥居には手が出せないというジレンマが続くのはご都合主義といえばそうなんですが、これが案外はまると面白いです。
 そんなシリーズに今回からは、美人公事師の真琴という人物が加わりました。公事師というのは、当時の弁護士である行政書士のようなもので奉行所に事件の解決を願い出たり、犯人として逮捕されたものの弁護を買って出たりするのが仕事です。普通の時代劇にはあまり出てきませんが、刑事事件である吟味筋にはあまり出てきませんが、民事事件の筋にはちょこちょこと活躍していたようです。
 さて、史実はさておき、このシリーズに出てくる公事師の真琴は、藤堂逸馬らがとらえてきた容疑者の犯行について、或いは被害者とされる人のお調べにについて、身分の違いも乗り越え「法の下には平等です」と訴えます。逸馬は、この時代の与力にしては珍しいくらいに律儀に真実を追い求めています。主人公であるということをさっぴいても、誠実だし、多少のけれん味はあるものの、正しいことをするためにちょっぴりはったりをかます程度です。しかし、それでもなお、彼女は、取り調べの方法やら、捜査の手法などについて、たとえそれが悪人であったとしても「正しい調べを」といってきます。このあたり、正義感というよりは反役人気質がものすごく強いので、いつかそのあたりの原因となるエピソードが語られるかも知れませんね。
 と、このようににぎやかな面々が登場するこの梟与力吟味帳シリーズ、なかなか味があって面白いです。前出の真琴以外にも、鳥居耀蔵が密偵として彼らのもとへ放っている茜という忍者などもおり、ミステリとしてだけでなくキャラ小説としても大変面白いです。
 
 追記:本作は、NHKで「オトコマエ!」というドラマの原作にもなっているようです。

日照り草<梟与力吟味帳> (講談社文庫)

日照り草<梟与力吟味帳> (講談社文庫)