小説・漫画好きの感想ブログ

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「虐殺器官」伊藤計劃著 

 ひさびさに素晴らしいSF体験をさせていただきました。
 この「虐殺器官」という作品。伊藤計劃さんというSF小説家の作品なんですが、これが人生最後の一冊だそうです。まだまだ若いし、この作品の素晴らしさを体感すると、お亡くなりになってしまったことが本当に残念で仕方ありません。それくらい素晴らしい、本当にひさびさにきた、会心の当たりの傑作でした。
 近未来を舞台にして、主人公の特殊工作員の独り語りのスタイルで綴られる軍事ミステリの本書、手放しで賛辞を贈ってしまうくらいに最高に面白かったです。主人公のシェパードは、軍人であるとともに、スパイであり、工作員であり、暗殺を専門とするチームの分隊指揮官です。非常に優秀な彼は、上層部から小出しにされる情報をもとにジョン・ポールという男を追いかけています。彼は本人そのものは軍人であるわけではないのに、彼が現れた国々はじきに内戦となり民族浄化や虐殺が巻き起こります。それは果たして彼の仕業なのか、もしそうであるならばどうしてそんな事が怒りうるのかという事を調べる主人公とそのチームたち。彼らは、表面的には優秀な戦士ですが、実は自分が殺した人々や実の母親の亡霊に悩まされる日々も同時に送っています。作戦行動中に、ふと死者の世界に自分の意識が入り込んでいったり、亡くなってしまった人たちがごく自然に彼らに語りかけてきます。ベトナム戦争のときのような戦争後遺症を完全にデリートした未来の戦士たちは、本来的にはそういった感情を完全に抑制でき、心理的な、または外科的な処理で人殺しへの禁忌やトラウマを感じないようになっている筈なのですが、どうしても逃れられない悪夢が任務と一緒に彼らの中には住みついています。
 そのあたりのデリケートで、いっそナイープといってもいい哲学的な内省に溢れた独白と、軍事アクションやミステリが重層的に折り重なっている本書は、非常に出来がよく面白いです。SFとしてみても、さまざまなガジェットが遠慮なく惜しみなく投入されており、SF好きや映画好きには二度美味しい内容にもなっております。もちろん、そういう内容なので、ロマンスも当たり前のように入って来ますが、その結末もいかにもよく出来ていて、本当に良く出来ている作品です。
 たぶんこれは、主人公の「語り」が素晴らしいというのもあると思います。
 村上春樹の小説や、佐藤亜紀の小説の語りが好きな人であれば、特につぽにハマると思います。是非是非、ふだんはSFを読まない人にも読んで欲しい一冊です。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)