小説・漫画好きの感想ブログ

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「ナツノクモ」8巻 篠房六郎著

 ナツノクモ、最終巻。
 ボードと呼ばれるインターネット上の世界を舞台にした物語で、ただの対戦ものではなくエンカウンターセラピーを行っている人々や、それを不快に思う人々との戦いがあったりと何かと普通ではない切り口で語られていたこの物語もこれで最終巻です。
 その世界の中では、ある程度姿形は制限こそあれ、参加者は自分の姿形を思うように設定できます。男性、女性、年齢、スタイル、職業、何もかもが自由自在です。したがって、その外見だけでは、現実のリアル世界ではその人物がどんな人間かもわかりません。しょせんは全て演じているだけのキャラクターかも知れません(例えば、ここでこうして文章を綴っている自分が、本当はもう60歳くらいのおばあさんだという可能性があるように)。
 でも、その世界に集まる人々は、それでの姿をよりどころに人間関係を構築し、主人公たちのいるグループは、そこでエンカウンターセラピーを行っています。リアル世界でのセラピストのもとでの治療ではなく、そこでは本当の意味ではお互いの本体がわからないが故に、そこにあることで治療が行われています。演じているキャラクターの中にも真実があり、人とかかわり合っていくうちに癒されていくという、現実世界の集団療法作業療法のように。たとえ、その世界での食事は胃を満たさなくても、接触もあくまでキーボードの上のことであっても、そこに価値と意味を見いだし、コミュニティを作っています。お互いに擬似的な家族を作ったり、一緒に住んだり、結婚もしたり。
 しかし、もちろんもともとは、今現在にあるリネージュのような参加型のオンラインゲームなのでそういう目的ではなくボードは存在しているわけで、そこではさまざまな軋轢が起きます。いわく、精神異常者の集団がある。気持ち悪い。狩るべき存在である。などなど。ネットならではの悪意があり、その世界の中で彼らはキャラクター達によって殺害を企てられていきます。
 その戦いを描いた今シリーズの最終巻は、その背景や裏側のリアル世界での人間関係や思惑などが語られます。かなり後半巻いた感じがあったので、できればもう少しゆっくり丁寧に話数をかけてやって欲しかったのですが、それでも読み応えがありました。喰いたりない部分がありますが、野心作で、オリジナリティーもたくさんあって、記憶に残る作品でした。

ナツノクモ 8 (IKKI COMICS)

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