小説・漫画好きの感想ブログ

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「バルタザールの遍歴」 佐藤亜紀著(再掲)


 goldiusさんとこで、ファンタジーノベル大賞の話が出たので古い書評を引っ張りだして来ました。これは僕の文学的アイドル(なんといったって第一位は永遠不滅に村上春樹さんです)の一人である、佐藤亜紀さんのデビュー作でもありますので、まぁ。とりあえずはお勧めしてもハズレはなかろうかと。今たぶん書店では手に入りにくくなっている筈ですが、かえってブックオフとかならあるかも知れません。
 今、彼女の本で本屋さんで手に入りやすいのは「雲雀」とか「天使」それから去年文学書を取った「ミノタウロス」あたりかと思いますが、昔の作品も完成度がめちゃくちゃ高いです。個人的に「戦争の法」という作品がどこかで新品、もしくは新古品で出ていないかと思って探しているくらいです。


 『バルタザールの遍歴』 佐藤亜紀著  


 全日本ファンタジーノベル大賞の第二回大賞作品がこの「バルタザールの遍歴」という作品です。
 この作品は第二次世界大戦直前のウィーンとバリをメインの舞台にした作品です。主人公は、メルヒオール・フォン・エネスコ公爵。という公爵、はやい話がハプスブルグ系の貴族なわけですが、主人公が大きくなる前に王制は倒れ、貴族だからといって貴族然としているだけではいけない時代に入ろうかという時代に彼らは生まれました。今、彼らと書いたのは、この主人公メルヒオールが、実は双子でバルタザールという人物も同じときに生まれたからです。さて、このバルタザールとメルヒオールは、通常の意味では双子ではありませんでした。外見的にはただ一人に見えます。しかし、その実、彼らのただ一つの体の中には二つの精神が宿っていたのです。
 というと、二重人格とかそういう話かと思うかも知れませんが、そうではなくて、彼らの体の中にはまさに二人の人物が住んでいたのです。なんとなれば、彼らは場合によっては、他人に見える形で見かけ上は二人に分かれることが出来たのです。もっとも、他人の生気を吸い取っていなければ、体からでていっている方はゆっくりと衰弱していくのですが。いうなれば、彼ら、バルタザールとメルヒオールが別れるときには出て行く方は魂を実態にかえてでていくのです。それが証拠にでていった方は鏡にうつらないという奇妙な、まるで吸血鬼のような特性を持ちます。
 それはさておき、そんな彼らバルタザールとメルヒオールはなかなか世間にはまともに見てもらえません。なにせ見かけは一人なのに「僕たち」という呼称を使うのですから、よくて悪ふざけ、悪くて狂人扱いされます。しかしまぁそこは公爵、貴族ですからそれもはばかられて(もちろん財産の力もくわえて)波瀾万丈な生涯を送るわけです。そんな彼らにもとある転機が訪れます。それは父の死です。父が死に、あとに残された、彼らとそう年のかわらない後妻との関係ができてしまいます。彼らは良心の呵責と痛みから、そしてちょっとした策略から人生を坂道を転がるように一気に転落していきます。 
 そのあたりをウィーン、パリ、マグレブなどの習俗や景色を織り交ぜながら描いていくのですが、この佐藤亜紀という作家の筆力がべらぼうに凄くてこれがデビュー作だとは思えないほ素晴らしいです。完璧に海外作品のような自然さで、外国の貴族の流離譚を描ききっています。この後にも何作か彼女は作品を発表するのですが、そのどれもが素晴らしく、文章に酔うというのはこういうことかという感じで文章を読ませてくれます。読むことが素晴らしく楽しく感じる。何か極上のお酒でも飲んでいるような感覚に浸らせてくれる、彼女はそういう力をもった作家なのです。
 話を戻して、そういう物語ですからたぶんに退廃的ですが、ここちよい退廃といいましょうか。美しく、しかし十二分にエネルギッシュでかっこよく没落していく様が読み手を引き付けてやまない作品です。是非読んで欲しい作品です。

バルタザールの遍歴 (文春文庫)

バルタザールの遍歴 (文春文庫)