小説・漫画好きの感想ブログ

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村上春樹の短編恋愛小説「恋しくて」は、著者の台詞に全て集約されている。

「恋しくて」村上春樹翻訳短編恋愛小説集 
http://astore.amazon.co.jp/tarui-22/detail/4120045358
 村上春樹の短編恋愛小説は、著者の台詞に全て集約されている。

 いくぶんひねりのきいたもの、少しダークなもの、そこそこ屈折したものも加え、広義のラブ・ストーリーということで、かぎ括弧つきの「恋愛小説」を集めてみることにした。でも結果的には、それでもまぁ良かったのではないかという気がする。だって我々が経験する実際の恋愛だってほとんどの場合、あちこち曲げられたり、部分的にはダークになったり、そこそこ屈折したりしながら、それでもうまく育ったり、停滞したり、へこんだり、なんとか実を結んだり、駄目になったり、復活したりしていくものなのだ。もし素直で苦戦な恋愛ばかりで世の中が成り立っていたら、それはそれで当事者も、まわりで見ている方も、けっこうしんどいものかもしれない。シェリル・クロウも歌っているように「毎日が曲がり道なの」だけれど、そのほうが遠い前方が見えすぎなくて、かえって楽なのかもしれない。
 というわけで、世の中には初心者向けの素直で素朴な純愛もあれば、上級者向けの屈折した愛もある。だとしたら初心者向け恋愛小説があり、上級者向けの恋愛小説があって当然ではないか。

 なるほど、まさにその通り。
 誰がみても似合いの、若くはつらつとした恋人たちや、世間から祝福を受けるだけ受けるような恋愛もあれば、色々な苦境を乗り越えたり障害にへこたれそうになりながらも強い意志をもって進まなければ進めない山登りのような愛もある。また、はかなげで慎重に取り扱わなければ、すぐに壊れてしまうが、それでもそこには美しい何かが存在する繊細な恋もあるだろう。
 そして、そういう甘さ苦さや不条理、恋する二人にとって世界の中心は二人のものかも知れないけれど、まわりにとってはそれはよくある代替可能でありふれた忖度すべきものですからないという不条理も教えてくれるのがよい恋愛小説というるだろう。
 そういう意味では、この短編恋愛小説集はとてもよく出来たアンソロジーだし、恋愛小説ときいて思い浮かべる概念をいい意味で裏切ってくれる一冊として、ハルキストである前に一本読みとしておススメしたい。

 村上春樹の新作「恋するザムザ」も収録されています。