小説・漫画好きの感想ブログ

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懐かしきフォーチューン・クエスト「僧侶がいっぱい」

懐かしきフォーチューンクエストの最新刊
http://astore.amazon.co.jp/tarui-22/detail/404891474X

新作なのに、懐かしいの一語につきました。
フォーチューン・クエストシリーズの新章突入第一章・最新刊です!
24年目にして、セカンドシーズンに突入の「フォーューン・クエスト」です^^
いやぁ、ひさびさに「フォーチューンクエスト」読みました。途中だいぶすっとばしているで、話についていけるかなぁとドキドキしながら手にとってみたら、前々問題なく読めました。
あいかわらずの、超軽量級の軽さ口当たりの良さで、むかしの赤川次郎をさらに軽い感じの口語体の文章で高校出たてくらいに初めて読んだときの感覚を思い出しましたし、中身のほうも24年かかってもまだまだ彼等のパーティはそれぞれのレベルが5から7とまだまだずいぶんと低いままで、難しい敵やら強いモンスターには歯が立たないのも、可愛らしくて楽しく読めました。
ファンタジーものの入門書のような、という感じを当時受けましたが、今もそれは変わりありませんでした。ファンタジー、ロールプレイングゲームの初歩の初歩のゆるーいファンタジーです。

著者の深沢さんの文体も、挿絵の迎夏生さんのイラストもとても懐かしかったです。

ネトウヨ・ネット右翼と呼ばれて

ネット右翼ネトウヨと呼ばれて

 
 今日ネット上であなたはネトウヨだと呼ばれたよ。でもって「日本から出て行け」だってさ。
 いや〜。初めてのことでビックリしたよ。沖縄のキャンプ・ハンセンの返却に名護市の市長が実は返還を待って欲しいと申し入れしていたというニュースについてのコメント欄でのやりとりだったんだけれど、、その相手が「沖縄さんに独立してもらえば全部解決w」なんていう無責任だと思われる発言をしたから、それは無責任すぎるでしょうと返したら、どんどんヒートアップしてネトウヨのいいそうな事〜日本から出て行けばとまで言われちゃった。
 本当にビックリした。
 自分ってネトウヨか?? どう考えて左だと言われることの方が圧倒的に多かったんだけれどなぁ。。。。。そもそもネトウヨって定義は何だ?  言われてみて初めて気になったけれど、ネトウヨかねぇ^^?

村上春樹書き下ろし短編含む「恋しくて」発売

村上春樹最新書き下ろし短編「恋するザムザ」含む「恋しくて」発売!!

 下のニュースにもあるように、村上春樹氏が短編小説の新作を書き下ろしていたようで、それが四日後の9月10日に発売されます。といっても、これ一冊本になるわけではなく、村上春樹さんが翻訳した恋愛短編小説アンソロジーと一緒に販売となるようです。
 んんんん、悩ましいところではありますが、村上春樹翻訳本はチョイスも含めてなかなか面白いので買おうと思います。早速インスタントストアにも入れてみましたので、興味ある方は一緒に読みましょう。たぶん地方だと店頭品切れになるのでネットで確実に手元に送ってもらうのもありですよ〜(と宣伝してみる^^)。

「「
 作家の村上春樹さん(64)が、短編小説の新作を書き下ろしていたことが6日分かった。村上さんが編訳を手がけた恋愛小説集「恋しくて」(中央公論新社、10日発売)で、欧米の現代作家の9作品とともに収録されている。
 新作の題名は「恋するザムザ」。チェコ出身の作家、フランツ・カフカの名作「変身」を下敷きにした遊び心のあるストーリーになっている。村上さんは同書に収めた自作解説で「シリアスなフランツ・カフカ愛読者に石を投げられそうだが」とカフカの愛読者の反応を心配しつつ、「僕としてはずいぶん楽しく書かせてもらった」とつづっている。
 村上さんは平成14年に誕生日をテーマにした小説集「バースデイ・ストーリーズ」を編訳した際も、1編を書き下ろしている。
」」

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES

「HALF LIFE チェルノブイリは死の森かエデンの園か」 感想

メルトダウンから25年
いま、チェルリブ入りをめぐって激しい科学論争が起きている。
原子炉の周辺区域は、畸形動物が生きる死の森なのか?
それとも、絶滅機危惧酒のための新しい楽園なのか?

そんな書き出しで始まる本です。
チェルノブイリの周囲の森に立ち入ろうとするとガイガーカウンターはけたたましく鳴りだす。120倍、250倍、どんどんと通常放射能量の数百倍という数値を示す。調査班もそれ以上には入れない。
現在チェルノブイリの立ち入り制限区域の総面積は4144km平方メートルという広大なエリアに及ぶ。半径10kmのエリアでは森を焼き、表土を削り、放射性物質を封じ込めるための薬品を地表に撒き黒い焦土と変えた。その周辺区域で非難を余儀なくされた集落は250に及ぶ。
ワシミミズク、オジロワシ
2006年のWHO、IAEA、国連の合同調査団100人の報告では、立ち入り制限区域が野生動物の聖域と化しつつあるという状況を正式に報告した。制限区域の中での放射能農奴は数百分の一にまで低下し、人間と動物への健康に関して楽観的だと告げている。低レベルの放射線は影響が少なく、むしろ皮肉なことに、立ちいり制限区域はまれにみる動物多様性の保護区になった、と。BBCやアニマルプラネットはこぞってこれを報道し、ガイア理論の提唱者のジェイムズ・ラヴロックに至っては熱帯雨林に放射能廃棄物を埋めれば人間の破壊行為から守ることができるとさえ主張した。
この流れを受けて、ウクライナでは封鎖地区の一部を観光客に開放、ウクライナに二基の新たな原発を建設する計画を発表した。

しかし、これに対しアメリカの進化生物学者のティモシー・ムソーやデンマークの生物学者アンデルス・モレールらの意見は真っ向からそれとは異なる。低レベル放射性に慢性的にさらされた場合の影響について殆ど解明されておらず、長期的な観測結果はまだ出ていない、と。そしてチェルノブイリ事故当時の生物たちの異常な静けさと、彼が当時から研究していた燕を例に問題を提起する。
彼は事件直後からの追跡調査を一から行い、高度汚染地区では燕の身体と汚染農奴にははっきりとした相関関係が極めて明瞭にでていることを示した。燕に限らず、高濃度汚染地区では畸形の数が非常に多く、精子の異常も見られ個体数が激減していることがそれで科学的に証明された。では、IEAEや国連の調査は嘘なのだろうか。
彼等はそこに触れず、燕の遺伝子情報を確認してみた結果をもとに一つの仮説をたてる。チェルノブイリにいる動物たちはもともとがそこにいたものではない。別の区域から流れてきたものが増加している。そしてその中での繁殖は多くなく、次々と外部から動物が流入しているだけではないのか、と。

もちろん、この二人の研究に対してはなからがインチキだという人も多くいる。ウクライナの制限区域内で過ごす生物学者の一人は限界値ギリギリのセシウム値のエリアでもヤマネコやタヌキ、ヘラジカの個体数が大きく増えていることを示した上で、彼等のもとで助手として働いていた過去を振り返る。彼等は放射能が有害であるという事実をしめすために、それにそぐわない事実は全て無視した、と。また、意図的に結果を求める為に実験内容を操作していたと告発している。
また、自分が関わった実験等をひきあいにだし(制限区域内で飼育されていた牛と、外部から連れて来た牛との血液をふくめるあらゆるデータ取りなどを例にとり、おおかたの予想とは逆に健康を害するデータが出なかったという)、科学者として彼等を告発している。

では、ムソーらの低レベル放射能に対しての警鐘は全く無視してよいものだろうか。
これは素人には判断がつかない。ただ、一つ言えることは徹底した調査がなされていないということだ。ムソーらが自分の調査が正しいと主張するほどには、同様な実験と調査ができるようなデータを提供していない。またその逆に、彼等の調査に対する反証というほどのデータをIAEAも出せない。なぜならチェルノブイリ直後の作業従事者は全国に散ってしまって継続的な調査を受けていない、またソビエトの崩壊とともに予算がたりずこのあたり実地調査はほぼ実施されておらず残されたデータ数があまりにも少ないのだ。ではどうすればよいのか、今からでも遅くない、全てのデータを徹底的に取ることだ。
でなければ、どちらの意見が正しいとも言えない。
どちらの意見も、それぞれが見た事実、少なくとも科学者たちの間で意見が分かれる程度には研究としての科学性は担保されているからだ。これに対してはデータを取るよりは、それは非常にアナクロなことだし人員と手間がかかることだが、他に方法がない。厄介なことには、一種族あるいは複数種族だけのサンプル調査では意味のないことが徐々にわかってきてもいるからだ。
どういうことかといえば、長期間にわたる放射線被爆によって影響を受ける受けないは種族によって違うから、Aという種族には影響がでなくてもBという種族には影響がほぼ見られないというような事がこれはハッキリしているのだ。針葉樹は影響をうけるが、樺の木はそれほど受けない。燕は影響を受けるが、他の移動しない鳥はそれほど影響を受けないなどの違いがでている。大豆を用いた研究では原子炉付近の大豆であっても、放射線から身をまもるための分子レベルの変化耐性を大豆は身につけているともほわかっている。
つまり、ここが一番のポイントなのだが、他の動物に対して被爆影響が少なくても(だから極端なことをいえば他の動物にとっては楽園でも)人間にだけは大きな影響が出る可能性を排除できないということが、科学的には言えるのだ。
「人間は、燕なのか大豆なのか」確かにそれは重要な問題だと僕も思う。

そして、これらの論争が今ある福島第一原子力発電所に対する、翻っては日本の原発に対しての日本国内の論争の縮図のようにも見える。
世界の多くの科学者たちが唱えるように、低レベル放射能による空間線量などでは大規模な健康被害や致命的な生物的損害は少ないのだろう、おそらく。これは世界中での研究結果だし、世界では日常的に浴びる放射線量の差があるのである程度の推測から疑うべき根拠はないように思われる。
しかしまたその一方で、厳密にあらゆる生物層にわたっての長期的な被爆にさらされた場合のデータ収集と分析はいまだかつて行われたことがないのだ。今回の事故のさいに存在した放射性物質の量は広島・長崎の原発の比ではないし、今でも福島は漏れ続けている。東電のデータは信憑性がなく、現状でもときおり伝えられる情報ではチェルノブイリよりも事故収束後の「放射能封じ込め」という事に関しては失敗し続けている。
となると、本当に大丈夫なのか? という問いに関して100%というのは科学的に不可能だとしても、「まぁそれなら大丈夫だろう。常識で考えても問題ないだろう」と安心させるほどのデータを提供することは誰にも出来ていないのが現状だといえる。
よって、これに対する恒久的かつ多くの人間の中で嘘・ごまかしなく「これがコンセンサスだ」といえるものについては科学的なデータを、皮肉にもそういうフィールドワークの現場をもってしまった日本がもう少し体系的に、そしてまたそれこそ諸外国の研究機関の参加を促し許可しアカデミックに分析することではないかと僕は思う。またそれしか不毛な争いに終止符を打つことはできないと思う。

なんだか思いがけずに長くて思いレビューになってしまったけれど、そんなことをこの本を読んで思った次第です。

HALF LIFE チェルノブイリ:死の森か、エデンの園か(WIRED Single Stories 002)

HALF LIFE チェルノブイリ:死の森か、エデンの園か(WIRED Single Stories 002)

「オー! ファーザー」伊坂幸太郎著 感想 

この物語の主人公・現役高校生の由紀夫には、父親が4人いる。
やんちゃな鷹、女にモテモテの葵、真面目な大学教授の悟、マッチョな中学教師の勲。個性豊かな四人の父親達たち。誰が本当の父親かはわからないまま、彼は父親達と母と暮らしている。
四マタをかけていた母親はもちろん、父親たちも自分じゃなければ嫌だとびびってしまってDNA鑑定を受けようとせず、わからないままズルズルと高校まできてしまった。それぞれが過保護なまでに彼を好きで、我こそは本当の父親だと疑って譲らない。
そんな特殊な家庭で育った由紀夫が巻き込まれる一夏の冒険物語が、本書、「オー! ファザー」だ。県知事選挙まっさかりの田舎の町で起るさまざまな事件は、最後にあっと驚く事件と解決に綺麗に収束していく。。。

いつもの伊坂作品と同じく、主人公をはじめ登場人物たちは皆飄々として味がある。途中に出て来たいろいろな事柄は全てが伏線となって最後にきっちりとまとまって回収される。そんなところも伏線だったの? と思わせる綺麗な拾い方で最後のカタルシスが、いつものことながら素晴らしい。
(著者によれば、作品内容や書き方でいえば、この「オー! ファザー」までが一期、「ゴールデンスランバー」以降が二期とということになるようだが、確かに初期作品のほうが伏線の貼り方とその完璧な回収具合は強いかも知れない。デビュー作の「オーデュポンの祈り」や「ラッシュ」などは完璧すぎるくらい完璧であるし)
これはもう読んで楽しんでもらうのが一番の作品なので、これ以上くだくだと内容については書かない。が、伊坂作品独特の楽しさ、軽さ、軽妙なやり取り、ちょっとした警句は、期待通りの確実さで、文句なく過不足なく全部まるごと綺麗に入っているので安心して読んでいただきたい。

ここからは個人的な感想だが、正直こういう家庭というのがちょっと羨ましい。
普通の家庭ではないけれど、愛があって賑やかでいいなと思う。
うちは、小さい時に父親と別れたし、高校からは一人暮らしをしていたから、こういう自分より大きい人、親っていう存在が本当はどんなであるのかが本当のところではきっとわかっていないと思う。だからこそ、こういう家族愛的なものにはちょっと弱いのだ。
特に父親ものには。
尊敬できる父親がいるとか、いつまでも背中が見える父親とかって、きっと素晴らしいし自分のお手本になるんだろうなぁ、、、なんて思ったりする。まぁ、ないものねだりしても仕方がないんだけれどね。

オー!ファーザー (新潮文庫)

オー!ファーザー (新潮文庫)

「ポアロ 小さな灰色の脳細胞」後藤稔著 感想

名探偵ポアロのすべてがここに!
関西学院大学の高等部の古典の先生でもある後藤稔さんという方がお書きになったのがこの「ポアロ 小さな灰色の脳細胞」という本なのですが、、、先生、マニアックすぎ^^
実はこの後藤先生とは先日の「アガサクリスティー」イベントでご一緒させていただいて、そのご縁でこの本を手にとってみたのですが、、、思っていた以上にマニアックに面白い内容で、読んでいる間に先生の顔が思い浮かんで、、ニヤニヤしながら読ませていただきました。
この本簡単に言えば、アガサ・クリスティーの生んだ名探偵「灰色の脳細胞」エルキュール・ポアロについてのウンチク本です。
第一部は、ポアロはそもそも何故ベルギー人なのか、ポアロはトランプでよく家をつくるけれどそれはどんな家なのか?  彼がどれほど服装やらあるべき秩序について神経質か。ある意味、パラノイア的なまでにどうしてそこまで拘るのか。どれほど彼がチョコレート好か。なんてことが書かれていて、その一つ一つに作中の出典とそれらについての説明がこれまたきちんと書かれています。
ポリフェノールとは何かとか、彼が愛飲するカシス・ド・ドロップの効能は何かとか、そういう細かいところまでそれこそ後藤先生本人がポアロなみに細かくきちんと一つずつに説明されているのがとても微笑ましくて好印象でした。
あと第一部では、ポアロの推理方法、考え方、捜査方法などについても語られていますが、、これを読むとポアロが唯一推理に失敗した事件のエピソードなんかも出て来て、そこから彼のキャラクターなどもより親しみがもているようになっています。
第二部は、一転して、デビッド・スーシェ演じるドラマ版のポワロ(こちらはポワロなのです)を全話取り出して、一話ごとに「あらすじ」「主なストーリー」「原作点との相違点」を描いています。ネタバレがならない程度のあらすじがついているのですが、、全57話きっちりと作り込んであるところに非常にこだわりと愛が感じられます。また完璧なことに、ここでドラマ化されていないポアロ作品も全てリストアップされていて、まるでデータペースのようです。
第三部は、おまけのように各種のコンテストで選出されたクリスティのベスト10に出てくるポアロ作品が挙げられています。クリスティ作品でもポアロ作品が多いのでボアロが多く選ばれることは当然といえば当然なのですが、クリスティといえばボアロというのはニアリーイコールのようなもので、そのトップ10には僕のようなクリスティを全く読んでいない(そうです。やはり僕は先日読んだ「白昼の悪魔」以外のクリスティ作品を読んだことがなかったです)人間でも名前を聞いたことがある「そして誰もいなくなった」「オリエント急行殺人事件」「アクロイド殺し」などの作品が挙げられております。
ということで、この本、作品タイトルが堅いのですが、僕のようなポアロをほぼ知らない、知っている事といえば「モナミを連発する、でっぷりと太ってステッキをもって、ひげが特徴的な」「ヘイスティングというなんでもやる友だちがいる」というそういうような門外漢が読んでも楽しめる本になっているので、今から何か古きよき時代の海外ミステリ読もうかなとか思う人にはうってつけの本になっています。
堪能致しました。
明日はベルギービールかベルギーチョコを食べたいと思います。

ポアロ 小さな灰色の脳細胞 (名探偵を推理する 1)

ポアロ 小さな灰色の脳細胞 (名探偵を推理する 1)

映画「終戦のエンペラー」感想

終戦のエンペラー、公開初日に見てきました!
一言、いい映画でした。
史実に基づきつつも、焦点を絞り込むことによってとてもまとまりのいい映画になっていました。

1945年、日本は天皇陛下の玉音放送により敗戦・終戦を迎えた。
日本占領統治総の指揮官としてやってきたマッカーサー元帥は、つれて来た部下の一人に一つの命令を下す。「天皇に戦争責任があったかを徹底的に調べよ」と。この時本国アメリカとワシントンでは天皇を裁判にかけ処刑を求めるという声が圧倒的だった。しかし、マッカーサーは日本統治の為には天皇を残した方がよいか、それとも状況によってはやはり処刑すべきかを秤にかけていた。彼にとっては日本の安定統治こそが至上命題であり、それには天皇を残すべきだろうとは思うものの、実際の状況次第では処分しなければならないとも考えていた。しかし与えられた余裕はわずかに十日間。
そこで、彼は日本通でもあるフェラーズ准将をその任にあてる。フェラーズは天皇を残すべきだという信念をもっており、天皇を中心にした日本政治の中枢人物たちに、「戦争を決定したのは誰か」「天皇は戦争に関してどう思っていたか」「開戦を止めれたのか」の必死の調査を始めるが、意外にも日本人たちの口は堅く、遅々として調査は進まない。
そして、その調査と平行して、彼には実は密かな目的があり、自分に割り当てられた運転主権通訳の髙橋という男に「アヤ」という人物を探させる。実は、アヤは、フェラーズが日米を行き来しつつ愛した女性だったのだ。フェラーズは、天皇の戦争責任の有無の調査の傍ら、彼女の行方を追う。。二つの調査の結末やいかに。
物語のラスト10分。タイムリミットの当日、調査の果てについに、昭和天皇とマッカーサー元帥の会談が始まる。。。。

フェラーズ准将とアヤの恋愛はフィクション(日本に親しい女性がいたのは事実)なのですが、そのフィクションとはいえラブロマンスがあるおかげでかえってこの映画はとても気持ちのよい映画になっていますし、バランスもよくなっていると思います。たぶん、戦争責任についておいかけるだけだと、ギチギチの理詰めの映画になって世界的にも見る人は少なかったかと思います。
また、バランスといえば、三ヶ国が絡んだことでもバランスはよくなっています。もともとの発案が本作中でも登場する宮内省の関谷さんの孫という日本人プロデューサー、それをもとにプロットや事実調査なども含めてシナリオを何度もリファインしたのがアメリカ、そして監督が第三国のイギリス人。彼等は戦争について直接的に関わっていないことと、天皇制についても王家をもっているが故にその存在についての感覚はアメリカ人では出せないフィーリングが確かにあり、この三か国での調整があったことが見ていて、変にプロパガンダ的にならずにいいバランスで仕上がっていると思います。
もちろんアメリカ映画なので、アメリカが一番美味しいようにみえますし、主人公のフェラーズくんはめちゃめちゃいい男で格好良く描かれています(史実での彼は別任地でポカがあったり、のちに降格もさせられたり順風満帆の男ではない)し、日本人はちょっと曖昧で戦争責任について国としてはもちろん個々の人物が責任感がうすいように描かれています。が、それも程度問題で、変に日本人を下げたり、マッカーサーを持ち上げたものでもなく、最後には昭和天皇が本当に数分の登場でいいところをしっかりともっていくので(史実ですから十分胸を張れるところです)、十分いいバランスだと思います。
なので、公開前はどんなんだろうと色々考えながら見にいったんですが、これは十分初日に見にいく価値がある映画だったなぁと思いました。
キャストもハリウッド映画にありがちな外国人やへんてこな日本人が演じることはなく、故・夏八木勲を筆頭に、西田敏行、伊武雅刀中村雅俊などの名俳優が演じており、そのあたりも見応えがあります。特に拾いものだったのは、アヤを演じた初音映莉子。彼女が素晴らしく綺麗でシックで情感豊かで見蕩れてしまいました。彼女は映画「ノルウェイの森」のときも、風景以外見るべきものがまったくなかったといっていいあの最低ランク映画の中でも、彼女の登場シーンだけが圧倒的に素晴らしかったのですが、、その時には他のシーンが酷すぎるから余計に輝いているだけと思っていましたが、、、この映画で思いました。彼女は一級の女優さんです。
僕の中ではルックス的には全然ストライクでないんですが、それでも、その存在感や表情が「とても美しいし、演技がとてもうまい」と感じさせてくれます。これはもう才能だと思います。ハリウッドは今後日本人役の女優探すなら、へんにアジアの人にやらせたり、菊池凛子だったり、栗山千明だったりせずに彼女使って欲しいなぁ。。。。とと話が逸れました。

ともあれ、素晴らしくバランスもいい映画ですし、ちょうど時期的にも終戦記念日が近い夏休みでもありますし、中学生以上のお子さんとなら家族と一緒に見にいってもいいと思います。