小説・漫画好きの感想ブログ

小説・漫画好きの感想ブログ

「カンパネルラ」長野まゆみ著 感想

「カンパネルラ」 長野まゆみ著 感想 

「カンパネルラ」という名前が出ると、誰しもが宮沢賢治のあの作品を思い浮かべずにはいられないだろう。そう、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」である。お祭りの夜に、二人の少年の魂が、上記鉄道の旅客となって幻想的な銀河世界を旅していくという、あの物悲しくも叙情的な童話の主人公の名前がジョヴァンニとカンパネルラであったことを誰しもが思い出すに違いない。川に落ちたザネリを助けるために海に落ちて、そのまま帰らぬ人となってしまったカンパネルラ。星々の海をわたりながら、お母さんは自分のことを許してくれるだろうかと呟く彼の姿を思い出さずにはいられないだろう。
そして、その名前が生み出すイメージ、それを本作はうまく利用しているわけだが、、この名前の仕掛けに関しては賛否両論があることと思う。
さて。
それはさておき、大まかな舞台設定と粗筋でいえば、これは、とある兄弟の避暑地での一夏の物語。主人公の柊一は中学生の男子で、彼には、呼吸器が弱くずっと田舎の祖父のところで暮らしている夏織という兄がいる。寡黙でよそよそしくちっとも弟に優しくない兄なのだが、どういうわけか彼はこの兄のことがとても好きでたまらない。それで、彼は夏になるたびに、山深く緑に囲まれた森の奥に住むその兄が住む家へと通うことにしていた。この夏も、柊一は夏織に会いに祖父の家へと訪ねていくが、相変わらずに兄は彼には冷たくよそよそしい。兼ねて用意したプレゼントすら渡せず、まともに顔を正面から見ることすらも出来ず、一緒の家にいてもほとんど顔をすら合わせようとしない夏織。なんとか兄に近づこうとする柊一は、色々と調べた結果、兄の夏織がどうやら家の裏から続く小川の向こうのどこかへといつも抜け出していっていることに気付く。彼は、兄が祖父の世話をしている間に、兄がどこへ行っているのかを調べてゆく。
そして、とうとう彼は緑と水に囲まれた、幻想的に美しいとある小島のような場所とそこに生える銀木犀の巨木を見つける。。。兄はいつもここにいたのだ。
その場所のことを知った柊一。知られたことを知った夏織。その決定的な嵐の夜に起った出来事は果たして現実か??

ということで、この二人の間に起ること。そして、その緑の森のその奥の、さらにまたその奥に密やかに生えている銀木犀の樹に隠された秘密を軸に物語は、柊一視点で進んでゆく。
ファンタジーというよりは幻想小説という言葉が似つかわしいこの物語は、二つ特徴的な事がある。一つは、著者の長野まゆみの特徴でもあるのだが、彼女の文体は極めて硬質で、まるで昔の文豪時代の小説を読んでいるかのようだということ。多くのルビが振られ独特の読みをさせる彼女の言葉はどれもこれも磨き上げた水晶のように堅い。そして透き通っている。舞台が、緑の生い茂る森であり、水底であるにも関わらず、磨り硝子越しに物語を眺めているような風情が文体からにじんでくる。
もう一つは、結末をどう受け取るかを全て読者に委ねている幾分投げっぱなし気味の結末。これは幻想小説にしても極めて特徴的で、読者によって大きく解釈や評価が分かれることと思う。
兄は森の奥の秘密の場所で果たして何を見いだし、何をしていたのか。カンパネルラとは何なのか。柊一に示される秘密とその意図するところは何か。短編ならではの投げ方ではあるが、ここは本当に評価が難しい。
とはいえ、字体が大きいため、百数十ページになっているが本来は数十ページほどの短編であり、登場人物がほぼ二人きりのこの小説は、この季節に読むにこそ相応しい幻想的な物語である。読めば、きっと夏と自分の子供時代を思い返す筈である。

カンパネルラ (河出文庫)

カンパネルラ (河出文庫)

銀河鉄道の夜」といえば、ますむらひろしデザインが猫でやるアニメ版「銀河鉄道の夜」も傑作でした。

銀河鉄道の夜 [DVD]

銀河鉄道の夜 [DVD]