小説・漫画好きの感想ブログ

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「月魚」 三浦しをん著 感想 同性愛でもいいじゃない 

ひつしぶりに本の紹介です。
本のタイトルは「月魚」。三浦しをんさんです。
三浦しをんさんといえば「風が強く吹いている」や「舟を編む」などの大ヒットで知られ、本屋大賞の常連さんとして、今ある意味では日本の一般の本読みさんに一番愛されている作家さんの一人です。彼女の作品は、いずれを取っても魅力的な舞台設定があり新しい世界を知る喜びがあります。また、主人公をはじめとしたキャラがしっかりとたっているのでドラマ性豊かな読みもとしてもとても面白いです。それらがあいまって、彼女の作品は徐々に評価をあげ、こうして押しも押されぬ人気作家となったわけですが、、この作品は(詳しくは後述しますが)とある一点の事柄にょって、たぶん評価がかなり分かれる作品かと思います。
その一点とは、同性愛の問題です。
この作品の主人公である本田真志喜と瀬名垣太一の二人は、明白にその行為そのものについての描写はないものの、ともに相手を想い合う同性愛の恋愛関係にあります。お互いに想いを口にすることはないものの、そういう意識をもちあっています。二人は現在はどちらも東京の古書店店主として古本業界に身を置いておりますが、そもそもの二人の関係の始まりには父親の代からの深い因縁があり、色々な意味で二人はがんじがらめの過去に囚われています。お互いがお互いに気を遣い、お互いの傷を広げないようにと意識しながら、それでいてお互いから離れられないという難しい関係になっています。
その原因となった事件そのものが物語の大きな核となって物語の展開とともに徐々に明らかになっていくこの物語ですが、その同性愛の部分を除いても、本書はきちんと高いレベルで物語は完成されています。古書業という世界の大枠や仕事内容の説明から始まって、古書店主にとっても止められる見識とは何か?  古本に対するウンチクや、謎解きあり、本に対する接し方、愛し方などについての意見ありで、古書というテーマに関して非常に面白い物語に仕上がっています。
だから、同性愛ということだけで毛嫌いする人からすると、どうしてそういう形で本にしないのかと思われるかもしれません。
けれど、この物語の肝はそれらと同じくらいにその同性愛的部分にあるのです。
と、少なくとも僕はそう思います。
彼女が書く二人の、秘めたればこその、マイナーな世界だからこその、おおっぴらに出来ない恋だからこそのためらいや遠慮、言葉にできないもどかしさ。じゃれあいの中で計られる微妙な距離、言葉にしたら壊れそうで怖くて口に出せない一言一言と、核心の言葉。けれど、ついつい伸びてしまう手やさりげない遠回しな言葉。恥じらいの態度。
それらが、逆に普通の恋愛ものよりも遥かにぐっとせつない物語になっていて、同性愛だからこそ表現できる繊細な恋愛ものになっています。

三浦しをんをそのデビュー作「格闘するものに○」の頃から知っているものとしては、彼女のこういう男性同性愛趣味については今に始まったことではありません。エッセイを読む限りでは、いわゆる、やおい、腐女子の道の本道を堂々と真っ正面からすすんでいる彼女のことですから、彼女がこういう本を出すのは昔からのファンからすれば全然普通のことですが、一般にはなかなかそうはいきません。
一人の小説家が、普通の文学の世界で真っ正面から出すのはやはりなかなかに難しいでしょうし、出版社の思惑もあるでしょう。だからこそ、彼女の今までの作品でも少しずつ少しずつそれは出てはいましたが、におわせる程度や、片方だけがそれを宣言している程度に済ませていたり、物語や舞台に主題を置いてあくまで同性愛は彩りの一つとしていたし、、普通の男女間の恋愛ものもたくさん出しています。
しかし、この作品で彼女は思い切り、偏見を打ち返すほどのスマッシュを打ち込んできたな、と僕はそう感じました。
小説家として、押しも押されぬ今になったから、そういう趣味作品しか書けないというような偏見をもたれることもなく、中身でどうどうと世に問えるようになった今だからこそこれをぶつけてきたのだなと思います。
それだけに、この「月魚」はどこから見ても非の打ち所のない作品になっています。物語としての面白さ。恋愛小説としての甘さ、切なさ。文学的な面白さ。短編小説(同一主人公達の過去を別視点から書いたものが並録されています)を付与することでより重厚な世界を構築した手法。作品そのものの叙情性(普通の男女恋愛や、親子間の複雑な愛情描写も含めて)の豊かさ。それらすべてを美しい映像が浮かび上がるような描写で描いたこの作品は、本当に作品としてもとてもよく出来ていると思います。
なので、同性愛を描いた作品である、ということで逆に意味が深い作品として僕はこの作品を推したいと思います。「同性愛作品だから素晴らしい」ではなくて、「同性愛をテーマにしていても、或いは同性愛が出てくる作品でも素晴らしい作品はできあがるのだ」という観点で読んでもらえればなと思います。短編なのであっという間に読めますし、そういう意味でもおすすめです。

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月魚 (角川文庫)

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