小説・漫画好きの感想ブログ

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「バラダイス・ロスト」柳広司著 感想

「パラダイス・ロスト」は「ジョーカー・ゲーム」シリーズの第三弾で、現在発売中の第四弾の一つ前の本で、先月ようやくと文庫本に落ちた、ジョーカー・ゲームシリーズの文庫最新刊です。

内容のほうは、第一次世界大戦後に日本軍内部で密かに設立された「D機関」という秘密諜報組織(つまりはスパイ組織ですね)のメンバーの活躍を描いた作品で、日本には珍しいシリアスなスパイものです。日本は今現在でもスパイ天国と揶揄されるほどの諜報戦に弱い国ですが、これは何も今に始まったことでもなく、日本が過去において参加した戦争時代にも日本の諜報機関というのは脆弱でした。その理由は、「スパイは卑怯なものだ」「相手の情報を盗み取るなど武士のすることではない」というイメージがそもそも論としてあったからというのもあれば、白人や黒人が殆どいない国だったので、そういうのがいればすぐに分かるだろうという安直な発想があったからだとも言われています(そのぶん、中国人やら韓国人など日本人に似ているアジア人にはやられ放題だったようですが)が、とにもかくにもそういう弱い諜報機関しかなかった日本国内において、実は密かに特Aクラスの秘密部隊が作られていたという設定のもとで描かれているのがこのジョーカー・シリーズです。

このD機関にいるスパイがどれくらい凄いかといえば、選抜試験で出される問題がとある国の位置を示せといって出された地図の中に巧妙にその国が除かれているのを指摘させられる。のみならず、その地図の下にあった机の上に置いていたものを指摘させられたり、その選抜会場にやってくるまでに通って来た階段の段数や窓の数、ヒビのはいっていた過小を指摘させられるなど。ほぼ無茶苦茶で有能というだけではなく異能をもった天才揃いが当たり前というもの。
そして、それらを束ねているのが設立者でもありスパイマスターでもある結城中佐、通称「魔王」と畏れられる人物で、彼の経歴、素性、正体は指導を受けている構成員ですら誰も知る事ができないという徹底ぶり。
そういう設定のもとで、各隊員が自らの全ての個性を消して、作戦用に与えられたそれぞれの偽りの身分に変じて作戦を遂行していく短編集がこの「パラダイス・ロスト」です。
ドイツ占領のパリに潜入して情報収集にあたる「誤算」、シンガポールのラッフルズホテルを舞台にミステリー&ラブロマンスに仕立てた「失楽園」、結城中佐の過去に迫る「追撃」、太平洋を行き来する客船に乗り込んだスパイ同士の闘いを描いた「ケルベロス」の都合四編が入っている本作は、いずれの作品もスパイものの緊張感はありつつもいずれも軽い口当たりでサクサクと読めてしまいます。
それは柳広司作品全体にいえる特徴なのかも知れませんが、柳広司作品の登場人物たちはいくつかの作品を除き、どの作品の主人公も高揚の果ての失意や苦い挫折・諦念を味わうのですが、それがいずれも後をひきません。諦めが深くなりすぎるのか、さっぱりとサバサバとした気持ちになるか、その挫折の中で何か一つ得るものが与えられたかのような肩の力が抜けたような感情をそれぞれがもちます。それが読後感の軽やかさを生んでいるのかも知れません。
(もう一つの爽やかさの理由は、ネタバレになるのでここでは書けませんが、D機関の隊員に与えられるある一つのポリシーのせいでしょうね)

日本のスパイもの自体がそれほどたくさんないので国内作品では比較はあまりできませんが、ヒギンズの「鷲は舞い降りた」やグランジェの「コウノトリの道」ウィンズロウの「フランキー・マシーンの夜」、ル・カレの「裏切りのサーカス」などのようなハードなスパイ物・諜報物のような重さはありません。
あくまで、それこそチェスゲームのような頭脳戦・心理戦を用いたスパイ同士の闘いが描かれています。
ちょっと他にないタイプの作品ですので、日本ではあまりないジャンルとして是非読んで欲しいなと思います。

パラダイス・ロスト (角川文庫)

パラダイス・ロスト (角川文庫)


ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

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ダブル・ジョーカー (角川文庫)

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