小説・漫画好きの感想ブログ

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「国境の南、太陽の西」 村上春樹著 感想

国境の南、太陽の西」 村上春樹著 感想

 先日ひさしぶりに、この村上春樹の「国境の南、太陽の西」を読みました。
 十年ぶりくらいの再読でしたが、さすがに村上春樹。読み始めると一気に読んでしまいました。リーダビリティの良さ、文章の流れるようなリズム、そして読み手の心のひだをデリケートかつ力強く刺激する喚起能力に改めて舌を巻きました。ここまで自らの小説世界に読み手をひきずりこむ作家を僕は他に見つけることが出来ません(物語的な華やかさや歴史的ドラマティックな要素がないことを考えれば特に)。
 さて。作品でいえば、この作品の特徴は、いかにも村上春樹的な長編作品でりながら、主人公が妻帯者である、超常現象が出てこない、というところにあります。「僕」が主人公であり、常に現実ともう一つの世界との行き来を繰り返しながら物語が展開していく村上春樹長編の特徴の二つがこの作品にはありません。他の村上春樹作品を読まない人は別として、ハルキストからするとそういう視点で読むのも面白いのではと思います。
 筋立てだけでいえば、小さい頃に気持ちを通じ合わせた初恋の人との再会を通じて、幸福な家庭を持ちつつも心が揺れてしまうある妻帯者の話というシンプルなものです。下手をすればアイデンティティクライシス、中年の危機の一言で片付けられてしまう話です。
 しかし、これを読んだ人は、全くそうは思わないと思います。
 一人っ子で、早熟で、まわりからはちょっと浮いていた小学生の主人公の少年の前に現れた転校生、島本さん。島本さんは足がやや悪く、いつも少し引きずるように歩いていた。彼女の超然とした態度とお互いの境遇から親密になった二人だけれど、別々の中学生に通ううちに疎遠になってしまいます。主人公は、高校時代には初めての彼女を作り、あることで彼女を深く傷つけ、大学生になり大人になり、とあるきっかけで結婚をして子供を作り、幸せな人生を送ります。このあたりは本当にどこにでもある話です。しかし、その中で常に彼の心の中には島本さんがいました。
 そんなある日、彼は雑誌の取材で顔が割れたことが原因で、島本さんと再会します。再会した島本さんはミステリアスで、でもどこか小学生時代の雰囲気をしっかりと残していて、100%の島本さんでした。
 そして。。。。
 
 ここから先はネタバレになるので書けませんが、主人公のハジメ君の心が揺れる様、深く激しく彼女を求めながらもなかなか踏み出せない感情の揺れ、表面上はクールにしているけれど心の中では激しく波打つ感情の嵐。家庭を取るのか、本当に「自分のための居場所がそこにある」ように見える島本さんを取るのか。彼の選択をどう受け止めるかは各人の意見のわかれるところでしょうし、思うのと実際にその選択肢を取るかどうかはともかく、僕は彼に深く深く共感して読みました。
 僕は恋愛関係というのはかねてから運命的なもの半分、自分の努力半分と思っています。つきあうまでもそうだし、つきあってから長く続けられるかどうかも、工夫次第、努力次第。だからせっかくつきあったのに別れちゃう人は努力がたりないと思っていました。それくらい恋愛は真剣勝負、戦いの中で勝ち取るものだと思っていました(まぁ、基本もてない方の人だから)。
 だから好きな人が出来れば100%確実に行動を起こしてきましたし、起こさない人とか中途半端にしちゃう人がわかりませんでした。十年前に読んだ頃は、人生のすべての価値はそこにあるだろう、それ以外のすべてはどうとでもなる要素に過ぎないというくらいに思っていました。自分の中で一番大事なのがそれなら、あとのことはすべて作り替えればいいだけじゃないか、なんてね。
 今の自分を知っている人からしたら信じられないかも知れませんけれど、当時作っていたブログ仲間からは恋愛至上主義者という呼称を呼ばれて、いろんな恋愛相談ばかり受けていました。今思うと忙しいのによくそんなバカやってたんだなぁと思ったりしますが^^
 この小説はその頃の気持ちを久しぶりに激しく揺さぶってくれました。
 何をしていても彼女のことが気になり、家庭生活をしながらも、仕事をしながらも彼女のことを考えてしまう主人公。連絡が取れないときにへこみ、落ち込み、彼女の不在に心落ち着かない、まるで中学生か高校生の頃のような彼の心の動きに誰にでもある初恋の頃の恋の甘い胸苦しさを思い出しました。
 今恋をしている人も、今は生していない人にも是非読んでほしい一冊です。

 

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)