「窓の魚」 西加奈子著
本年22冊目の紹介本です。
西加奈子さんの本は初読みです。
さびれてしまった温泉街の片隅にある、ひっそりとした温泉宿にとまりに来た男女四人の客たち。アキオ、ナツ、ハルナ、トウヤマ。二組のカップルの四人組の客たちは、それぞれがそれぞれの心に深い闇を抱えたまま、夜を過ごす。翌朝、一人の客がその温泉の中庭にある池で死体となって浮かぶ。。。温泉に一泊したその夜を一人一人の独白という形で何度もリプレイしていくというスタイルで小説は進んでゆく。
同じ時間軸を、四人それぞれの視点から描いていくという手法は、ミステリーのそれとしてはよく使われる手法ですが、この小説はミステリーではないので、実はその事件そのものは解決しません。この四人のうち誰が犯人なのか、或いは犯人ではないのか、は明らかにされません。
その事は、どの紹介文でも解説文にも触れられていませんが、そこを気にして読み進めていくと、この小説の肝を読み飛ばすので敢えて書いておきます。では、何が書かれているのかといえば、それぞれの心の闇、その一点に尽きます。
はたから見ると、アキオ、ナツ、ハルナ、トウヤマの四人はそれぞれに外見的には美しく、闇を感じさせるのはヘビースモーカーで目の下の隈がひどいトウヤマくらいで、ハルナは今風のかわいらしい外見をした、ファッションに気を配りブランドもので身を固め、自分の身体にお金を投資することを惜しまない女性であり、ナツも常にすっぴんに近いですがボーイッシュで肌の綺麗な黒いショートカットが印象的なすらりとして女性で、対照的ではあるもののどちらも第三者には美人に見えます。また最後の一人のアキオは陶器でできたような綺麗さの、美しい男性です。
外見だけからすれば、彼・彼女らにそれぞれ深い心の闇があるなんて思えません。
しかし、彼らは深い深い、ある意味おぞましいといってさえいい心の闇を抱えています。そして、それぞれがそれぞれのパートナーにもいえない秘密と隠れた意志を持っています。その闇が温泉の夜にじわじわと現実世界を浸食していきます。読み手は、その現実にあふれ出そうとする闇を内側から、或いは外側から丹念になぞることになります。そのなぞる事こそがこの小説の肝となっています。
なので、話は戻りますが、ミステリー的な謎解きや解決はこの小説にはありません。彼ら彼女らの闇と同化して、その闇を感じることだけしか読み手にはできません。
とはいえ、読後感はお世辞にもよいとは言えません。
人の心の闇というのは、それがきちんと解決されるミステリやヒーローものであれば解決してなんとなくすっとするカタルシスを感じられますが、解決されないと苦しいものです。おそらくどんな人にも心の闇や、トラウマというのはあるでしょう。程度の差こそあれ、それはあるでしょう。妬み、そねみ、恨み、つらみ、独占欲、願望、呪い、後悔、怒り、そういう負の感情はあるでしょう。
しかし、負の感情、トラウマは全員バラバラで、自分と同じトラウマやコンプレックスについては同調できて共感できても、違うトラウマを楽しく味わうというのはなかなか苦しいものです。しかも、この小説の主人公たちのような精神の壊れ方というのは同調しずらいし、同調してしまえば異常に苦しく疲れます。
もちろん、これは自分の感じ方なので、女性からすればこんなのは当たり前のよくある感覚でしかないかも知れませんし、男性でも、凄くよく分かるという人がいるかも知れません。けれど、自分にとってはかなりしんどい読書でした。
- 作者: 西加奈子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/12/24
- メディア: 文庫
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