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「料理王国―春夏秋冬」 魯山人著 感想 

 魯山人、という人をイメージするのには、やはり『美味しんぼ』の海原雄三をもってくるのが一番だろう。陶芸家で書家で美食を極めて自らも料理屋を営んでいて、食に命を賭けていたとなるとおおざっぱだけれど一番わかりいいかと思う。本当のところをいえば、海原雄三のほうが、まんまこの魯山人という百年近く昔の人物をモデルにしているわけで、似ているのは当たり前といえば当たり前であったりするけれど、まぁそれはさておき。
 その魯山人がいろいろなところで書いたエッセイやらコラムやら食べ物についての蘊蓄などを集めたのがこの本である。
 読んでみればしみじみ感じるかと思うが、いい料理を十全に味わう為にはそれを入れる器がいるというところから陶芸までやってしまうこの巨人の食べ物に賭ける情熱はとんでもなく、そこに求める美意識の高さには正直脱帽するしかない。自分などが美味しいものを求めてフラフラとあちこちに出かけるのとは全く次元が違う。
 魯山人氏はこれを極めようとすれば、金に糸目をつけずにそればかり食べる。それも場所や産地や時期をかえ料理人を変えてもその食材を追求する。それはもう執念というよりは妄執といってもいいレベルであったりするのだが、そこまで追求できるその集中具合は凄まじいの一語に尽きる。そして、そういう美食家であるにもかかわらず、しょせん料理屋の料理は虚飾であって、ほんとうに丹精込めた家庭の味が一番なのだというような悟ったような事も言い出すところに、普通の美食家とは違うものが感じられる。
 普通イメージされる美食家というものは、珍しい食材や高価な食材、或いは創意工夫と美的なものをとことん追求した料理をありがたがるものだと思うが、彼によればそれはそれ、これはこれ、という話である。日常の人生と舞台上のお芝居の人生が違うように、本物と偽物、偽物といってわるければお金をとるだけの日常にはない何かがあるかどうかが違うだけで、彼によればその中間が一番悪いようである。 
 とはいえ、ほめるばかりだと気持ち悪いのでツッコミも入れさせていただければ、魯山人とて時代の流れや偏見というものからは自由になれない部分もあったようで、現代の目からするとそれはどうかなと思う部分がある。
 例えば彼は言う。料理というのは素材である。中国やヨーロッパというのは素材がどうしようもなく悪い。だから調理法というのが料理の三割以上の部分を占めるが、日本は素晴らしい食材がたくさんあって、これはもう恵まれている、だから料理の技術は一割で素材が九割を占める、と。これはどうかなぁ、あまりにも日本びいき過ぎないだろうか。
 また、彼は若いときは京都におり、後になってから東京に行ったようであるから、どちらの味付けも理解したうえでその優劣はなしといっている割には、鰻の事に関しては論証や検証もなしに無条件で、これはどう考えても蒸して焼く東京風のほうが断然美味しい、関西がそうしないのは単に無知であるか頑迷であると言い切るのは果たしてどうだろうか、と思ってしまったりする。
 また、これは個人的な好みもあるが、腐っても鯛等という言葉があるが、なにはさておきはふぐ、どんなに悪いふぐであったとしても、鯛よりも美味しいとばかりに過剰なまでにふぐの礼賛をするのはどうだろうか。この時代、実のところをいうと、ふぐはとんでもなく高くて庶民の口には入らないものであるし、ふぐは食べたら死ぬというので食べない人もかなりいたということで魯山人氏そのものも毒をもつ肝についての知識はちょっと間違えているようだったりもする。個人的にはふぐは毎シーズンなんだかんだで食べるけれど、、さして感動はない(強いていえばてっちりでの身のぷりぶり感は好感触だが)し、むしろ手頃なサイズの明石の鯛を上手に塩焼きにしたものに勝る魚料理というのは鮎の姿焼き(こちらも塩が美味しい)くらいかと思ったりもする。
 そうそう、ヨーロッパの料理についても、食器がまったくなっていないとかなりけなすし、実際に海外の食べ歩きも書いているのだが、概ね、否定的で美味しくないという感想を持ったようで、やはりこれは食べ慣れぬものについてはまずく感じるのかも知れないなと思う次第。個人的にはキャビアなんぞはたいして美味とは追わないけれど、フォアグラのソテーなどはとても美味しいと思うが魯山人氏にはまったく感銘はなかったようで、今の時代だとどういう評価になったのか是非聞いてみたいところである。
 あとの鹿や猪料理などについては同感で、あれはかなり美味しいものだから、もっとポピュラーになって欲しいと願う。そうそう最後にこの本を読んでとても気になったのは、サンショウウオがとても上手いという話が出てくるのだが、実にそれが美味しいと書いてあり、天然記念物であって今は食べられないのかも知れないがいつかどこかで食べる機会があれば食べてみたい。スッポンよりも滋養と官能的な味わいで、なおかつ癖がないという。。。食べたいなあ。

料理王国―春夏秋冬 (中公文庫)

料理王国―春夏秋冬 (中公文庫)