小説・漫画好きの感想ブログ

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「レクイエムの夜」 レベッカ・キャントレル著 

 ナチス政権誕生直前のドイツ・ベルリンを舞台にしたミステリ。
 戦時中、戦後のドイツやナチを扱ったミステリものには秀逸なものが多いが、これもその中に入れてよい作品だと思います。ナチスドイツが出てくるだけで、時代背景や雰囲気が簡単に出てくる(特に日本人だと肌感覚ではそのあたりについて詳しい知識がないのでボロもわかりづらいだろうし)という作者に有利な点もあろうかとは思いますが、それをさっぴいてもよい出来だと思います。
 犯罪記者のハンナ・フォーゲルはいつもの情報収集で立ち寄った警察署で、署の廊下にはられた最新の殺人被害者の写真の中に、自分の弟の姿を見いだす。ハンナの弟のエルンストが胸をナイフか何かで刺殺された上で川に全裸で投げ捨てられていたのだ。ただちに捜査に乗り出してほしいと思ったハンナだったが、彼は友人のユダヤ人をアメリカに逃がすため、身分証明書をその女性に渡していた為に警察に捜査依頼を出来なかった。捜査依頼をだすためには、身分証を出さなければならないし、彼女の交友関係を調べると下手をするとアメリカにむけて船で渡航中の友人がドイツに送り返されて殺されてしまうかも知れないからだ。やむなく、彼女は単身で事件の解明に乗り出す。
 とはいえ、エルンストは男色の絶世の美少年で、クラブ歌手だったために捜査は一筋縄には進まない。ハンナは最初彼女も知っている彼のパトロンでルドルフ伯爵を疑うが、調べるにつれて、同じ店で働く歌手のフランシス、証言にたびたび現れるナチスの美少年、さらにはバーテンダー、SSの警部補と容疑者はふくらむばかり、ついには突撃隊の大幹部にしてアドルフ・ヒットラーの右腕までもが出てくる。いったいエルンストは何の為に、何を知ってしまったが為に、何を計画したが為に殺されたのか。ハンナは、必死に真相を暴き出そうとするが身辺に危険が迫る。。
 物語のあらすじとしては以上のような話なのだが、これ以外にも彼女が偶然知り合い恋に落ちた男性や、ちよっとネタバレになるが後半で登場してくるエルンストの息子のアントンという子供などとハンナの交流など、単なるミステリとしてではなくナチス支配下の異常な社会の中での家族的ドラマもなかなかに読みどころとなっている。全てに疑いをもちながら、誰が味方かわからない中で、自分に出来る全てを身体を張ってやり抜き、戦い、真相にくらいついていくハンナの精神的な強さと、その反動のように現れる内心の葛藤の揺れ。いい意味でミステリは人の描き方なのだということを再確認する小説です。
 現代を舞台にしていなくて、ナチスが闊歩する社会でハードボイルドやミステリにしているぶん、ひょっとしたらそういうのが嫌いな人は一読する前にいやがるかも知れませんが、食わず嫌いせずに読んでみるとなかなか面白いですよ。 
 映画化するには、ちょっと難しい場面もあるでしょうけれど(アメリカやヨーロッパ諸国の一部ではナチスドイツのハーケンクロイツが画面に映るのすら駄目というところもあるようですし、、スポンサーとか含めて大変みたいです)、映像化したら様式美と俳優のチョイスがよければ面白い作品になりそうです。

レクイエムの夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

レクイエムの夜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)