小説・漫画好きの感想ブログ

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「降ろされた日の丸 国民学校一年生の挑戦日記」 吉原勇著 感想 

 入院中に読んだ本です。
 八月十三日、終戦の二日前、挑戦の仁川の町では日本の旗が静かに降ろされていた。
 日本が統治してしっかりと朝鮮人たちと融合していたと思っていた日常が静かに崩れていくのを見ていた、当時小学校一年生の記録。。
 この本を読むと、日本の統治が当時案外にうまくいっていて、朝鮮人たちとの間に表面上は普通に気持ち的な交流もあったことがよくわかります。戦争終結になって、日本人が日本に逃げ帰ってくるときに協力してくれる人などもたくさんいたことが伝わってきます。もちろん、それを良しとしていなくて、日本が戦争に負けたときいた瞬間、日本と同じ国になっていたはずなのに「日本負けた、朝鮮勝った」と手のひらを返したようになる人もいたのは間違いがないですが、思いの外おだやかな時間が流れていたことがわかります。
 逆に、この国に実際に住んでいた子供達の目からすると日本兵のひどさが、日本人のひどさがよくわかります。
 例えば、終戦の直後の九月には、アメリカ軍の進駐に対して、政府から、村々の自治体から一人ずつ、その村に住む35歳までの美しい女性を慰安婦として提出しなさいという命令がきたことがわかります。村人全体がレイプされる前に、公設の慰安所をアメリカ軍のために作って難を逃れようという話です。よくテレビでは、女子供のために日本軍は戦ったといいますが、同じ口で女を差し出せといっていたわけです。
 また、これに抵抗して女性を出さなかった村にアメリカ軍がきて、村の娘が一人自宅にいたのに強姦されてしまう。その事件を知ってもアメリカ軍に抗議することができず、その娘の父親はせめて結婚してくれと(馬鹿げているといえばそうなんだけれど)頼もうとするが、逆にその同じアメリカ人と一緒にやってきた二人がその娘を家族の前で犯してしまう。そして、そうなると村の人は、他の女の人に被害が及ばないように、その娘さんにこれから村にくるアメリカ人を全員相手にして公認強姦所のようなものをやってくれと頼む。
 あまりにひどい話だと思いませんか?
強姦されて、しかも当時からしたら本当に外国人なんか異人で鬼のように思っていたでしょうに、それに強姦されたのに、同じ日本人は守ってくれないどころか、他の娘のためにこれからもそれを続けてくれと村ぐるみで頼む。そして、それが数ヶ月続く。読んでいて、思わず泣いてしまいました。
 で、もっとひどいのは、その村の人たちが日本に帰れることになったとき、その女の子は、家族に置いて行かれるのです。村の人は全員帰れたのに、「あんな恥ずかしいことをしていた娘を、あんなことをした娘を、恥ずかしくて連れて帰れないでしょ」といって母親が置いていくのです。言葉も話せたかどうかわからない朝鮮に、外人がレイプにくるところに置いてくる。これはいったいなんなんだと思うのです。
 また、ロシアが攻めてくるのがわかっていたのに、日本の憲兵は先に逃げてきた。そのあとで、北朝鮮エリアで親を殺された日本人の子供が逃げてきたけれど、その子供たちに何日かするとごはんやお金をわけてもあげない。あげないくせに、裸になれとか、足を開けなどというようなことを小さな子供達相手にやって、お金もごはんもあげない日本人がいたという事も出てくる。こういうのを見ると、日本軍を美化する、当時の日本人を変に美化する風潮というのは本当に怖いなと思います。
 やむなく、お国のためと戦った兵士たちもいたろうし、崇高なことをしていた日本軍人もたくさんいたとは思います。
 でも、それが普通では決してなく、こうした事があったというのは本当にひどい話ですし、なにはさておき平和が一番であるなと思います。今、日本は諸外国からは馬鹿にされている面も多々あるし、日本国内でも、なにかというと変なナショナリズムですぐに国交断行、戦争、憲法を改正して自衛隊を軍にして核兵器ももつべきではないかという人たちがいますが、そういう人はこういう悲惨さがあるリスクを考えてもそういうのかと問いかけてみたいと思います。
 戦争になって一番苦しむのは、女性であり、子供です。
 戦争ほど悲惨なものはありません。
 なにがあっても平和だけは守らなければならない。そう思った終戦記念日の読書でした。

降ろされた日の丸―国民学校一年生の朝鮮日記 (新潮新書)

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