小説・漫画好きの感想ブログ

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「キマイラ9 玄象篇」 夢枕獏著 感想

 キマイラ最新刊です。
 ずいぶんと間が空きましたが、ようやく待望の新刊です。ノベルズに再収録から版元をかえての再版ではありません。完全新作のキマイラがようやくと出ました。
 人でありながら異形の怪物、さまざまな生命体の複合体に変身してしまうキマイラの物語がようやく再始動しました。
 著者の夢枕獏さんも書いておられますが、約30年ごしの作品になっているこのキマイラ。サイコダイバーシリーズと並んで、或いは安倍晴明源博雅の「陰陽師」シリーズと並ぶ氏の代表作(細かいことをいいだすと餓狼伝などもあり)ですが、その中でもこのキマイラだけは、たぶん読み手にとっても書き手にとっても何か特別なシリーズではないかと思いますので、新刊が出るうれしさもひとしおです。
 今回のストーリーは、過去篇の登場人物が更に過去を回想する回想の中の過去篇から過去篇、さらにそこから現代篇へと帰ってくるという大枠構造をとっており、その時代時代のキマイラ、狂仏が登場します。チベット探検隊時代の一番古い過去篇では、日本からチベットに最初に入ろうとしていた男の変遷が描かれ、過去篇ではその息子たちの時代の安保闘争時代の日本でのキマイラと馬垣勘十郎の戦いが描かれ、現代篇ではキマイラ化したまま徐々に人間としての記憶を失って一個の獣となっていく久鬼麗一と龍王院弘の接触が描かれます。
 それぞれにそれぞれの読み応えがあるのですが、長い長いまるまる二巻ほどを使った過去篇から現代篇に帰ってくるところで、すうっと長い夢物語から覚めたような不思議な感覚に僕はなりました。作中人物と同じように、どこか夢物語、遠い異国の不思議な物語を聞いてると思っていたのが、気がつけば現代のまさに今その奇妙な非現実的な獣と相対していることに気がつくというか、そういう不思議な心持ちになりました。これはもう長い尺をもつ物語にだけ許された一つのトリップ感でしょうかね。長い幻想的な物語を読む楽しみが強くありました。
 最初の頃は、不思議で美しい獣が出てくる格闘小説というだけのものでしたが、徐々に徐々に物語そのものの語る力が強くなり、登場人物の哲学や生き方がにじみ出て、一種の神話的な強さまでもってきたこの「キマイラ」という作品。とてつもなく素晴らしいです。夢枕獏作品の中でどのシリーズを一番推すかとなると、間違いなくこれが一番だと僕は思います。
 

キマイラ9 玄象変 (ソノラマノベルス)

キマイラ9 玄象変 (ソノラマノベルス)