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「黒い悪魔」 佐藤賢一著 感想

 黒い悪魔。
 悪魔っていうのは、一部例外的に有名な緑色の悪魔もいますが基本的には黒色なので、黒い悪魔という呼び名に??となっていますが、実はこの「黒い悪魔」というのはとある人物につけられた二つ名なのです。それも、他の誰でもない、フランスが誇る文豪、アレクサンドル・デュマ親子のさらにお父さんが軍人時代につけられた渾名なのでした。
 アレクサンドル・デュマの先祖となれば、文人肌の文学者かと思いきや、この方はバリバリの武闘派の軍人で、しかも敵方に突進・肉弾戦を厭わない猛将型の将軍だったのです。そして、黒いという名前の由来は、その彼はあの当時ですから当然身分差別されていた黒人奴隷の血をひいた混血児だったことからきています。カリブ海の島で、本国パリの大貴族と、現地の召使いとの間に生まれたのがデュマだったのです。
 デュマは、うまれてしばらくは、カリブの島の若様として扱われますが、父親の貴族が島を離れてからは買い戻しの権利つきとはいえ奴隷としてたたき売られて苦しい日々が続きます。しかし、本国から及びがかかると今度はその美しい黒い敏捷な肉体美をもってして社交界にデビューする貴公子となります。とはいえ、あのフランス革命前のパリですから、黒人などは不浄なもの、着ている衣装と爵位と美貌から女たらしとして生きつつも、どこかに鬱屈としたものがたまる毎日。そこへもってきて、父親は再びパリで召使いをしていた娘と結婚。気まぐれな父の手によって、援助も打ち切られ、貴族であることも捨てざるを得なくなるデュマ。
 彼は、それならばいっそと一兵卒から始めようと軍隊に入ります。
 軍隊に入っても、黒人であるが故の蔑視は受けるのですが、そこは力に任せて徐々に徐々に頭角を現していくデュマ。無鉄砲かつ、超人的な腕力とある種の蛮勇で敵兵士たちから「黒い悪魔」として恐れられた彼は、ついにはナポレオン・ボナパルトと肩を並べてエジプトにまで遠征、ロゼッタストーンを手にいれる戦闘にまで参加していくのです。そのあたりのあれこれや、ナポレオンの愛妻ジョセフィーヌとのあれこれをロマンス小説さながらに描くかたわら、フランス革命ジャコバン派の台頭やロペス・ピエールの失脚などの歴史的史実を時に皮肉っぽく時にばかばかしく描いていくあたりは、佐藤賢一節が全開でたまりません。
 この佐藤賢一という人ほど、ルサンチマンに満ちた登場人物を描かせたら巧い人はありません。この人の手にかかれば、ナポレオンであろうが、ピエールであろうが、フランス王であろうが、ダルタニアンであろうが、或いは聖女ジャンヌ・ダルクであろうとコンフレックスの固まりで、いじいじして、それでいて親分肌なところもある、子供っぽいところもある生身の人物として描かれてしまいます。そのあたりが、鼻につくという人もあるかも知れませんが、このあたりの思い切りの良さ、歴史上の人物を生身の一人の人間として描き出す力量のほうほ僕は買いたいと思います。
 ともあれ、そうしたデュマの物語は、この一冊で見事に完成しているのですが、ですが、実はこの物語はそれだけで終わらず、父親のほうのデュマ(いわゆる大デュマ)、子供のほうのデュマにも繋がっていきます。二人の話もそれぞれにきちんとハードカバーでは既に出版されているようですので、そのうち文庫でそちらも読める模様です。
 これは期待が大ですね。
 フランスというと、文化や上品さ、おしゃれさのイメージが強いですが、そんなのは後付けも後付けで、初期のフランスはフランク、力任せに槍をふりまわす野蛮人たちであり、文化とは縁遠い人たちです。そんなフランスの野蛮さ、生々しさ、強引さも味わえる佐藤賢一のフランス舞台のシリーズは他ではちょっと味わえない良さがあります。この一冊もそんな一冊です。