小説・漫画好きの感想ブログ

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うなぎ料理を食べに行く  食は文化なり

 これまた、先日の話になるのだけれど、西宮にある「喜た八」という鰻料理屋に行ってきました。
 どうしても、その日は鰻を食べに行きたくなったからです。
 きっかけは、入院中に見た、NHKの特番の録画。「しのぎあい、果てなき絆〜日本料理人・山本征治×奥田透〜」というのがそれ。それは、二人の和食の天才シェフを取り上げた番組で、二人の兄弟弟子の修行時代と、現在を描いたもので、ロングインタビューあり、新作料理の創作過程あり、すこく丁寧な作りのいい番組でした。現在では、兄弟子の山本は世界のシェフベスト50に入り、ミシュランガイドでは二つ星の、二年と同じ料理を出さないという天才肌の料理人となり、弟弟子の大田は、三ツ星を三年連続でキープしている和食王道のシェフと二人の位置は違います。本当によくぞここまでというくらい、二人の料理、店内、料理に対するアプローチは、これほど対照的なのも珍しいというくらいに違いますが、料理のすばらしさでは甲乙つけがたいものがあり、お互いがお互いのほかに負ける相手はいないというレベルで競い合っていってその特番を見ているだけで胸が熱くなるものがありました。
 そして、その番組中で二人が今年のテーマとして、ともに挑戦したのが鰻なのでした。
 二人ともが二キロを超える大鰻を使うのですが、このアプローチがこれもまた対照的。山本は、皮と身は別物であるとして、実の柔らかさを出すためにタブーとされる蒸しにこだわり、温度や切れ目、包丁の入れ方などありとあらゆる工夫を加えていく。奥田も、こちらはこちで、切り方のアプローチを変えてみたり、焼き加減下男をいじってみたり、はては蒸すことにも一度は挑戦しますが、やはり地焼きが一番と原点回帰して、それでとことんつきつめていく。その両者が作る鰻は、アプローチもそうだし、食感もぜんぜん違うはずなのですが、絶対にどちらも美味しく、食べるだけで幸せが約束されているのは、はっきりと確信できました。見ているだけでよだれがたれてくるくらいにうまい鰻が、画面の向こうにはっきりと見えていました。想像するだけで幸せを約束する料理。考えたらすごいものです。
 これを見ていると、もうどうしても我慢がたまらなくなって、病院から復活したら、まず最初に鰻を、それも大鰻を使った蒲焼を食べようと心に堅く誓っていましたので、出てきてそうそう、まずは一番にその鰻屋へ足を向けました。もちろん、本当はこの二人の店に行きたかったのですが、、、かたや銀座、かたや六本木と関西人がふらりと食べに行くには厳しそうなのもあったので泣く泣くでしたが近辺で探してというわけです。
 
 で、食べに行った結果ですが、、タイトルにあるとおりで、食は文化なり、と強く感じましたね。
 正直店内の雰囲気はそんなによいというほどではなかったんです。狭かったし、店内にお客さんがあふれまくっていて、ちょっとどうかと思ったんです。しかし、鰻の白焼きの香り塩(山椒や七味などの配合したもの)の、皮のパリパリとした香ばしさとサクサクとした歯ざわりに、ゼラチンのうまみ、また白身のところも中はほろりと崩れる絶妙の火加減。またもうこの一貫だけで、5000円のコース料金分の価値があるなと思った鰻の握りずし。これはもうたまりませんでしたね。本当はコースに入っていない料理だったんですけれど、大将が出してくれたこれは、あつあつのごはんの上に、蒲焼にした鰻を握ったものなんですが、これが美味しい。旨い。素晴らしい。一口目には、たれがかかってるのに、それでもまだサクっとした歯ざわりの表面の食感が前面に出てきます。その次の瞬間、それがほぐれて中から旨みと鰻独特の脂の旨みがどんときて、それを中のわさびがさらっと流していく。でも、ごはんの熱さと重さがしっかりと美味しいおすしをいただいている幸せを十二分に堪能させてくれる。咀嚼する口の中でしあわせが滲み出してくるとしかいいようのない味でしたね。もったいないもったいないと思いつつ、二貫一気に食べてしまいました。
 もし、このお店が鰻がなくなりしだい終了する店でなかったら、他のお客の迷惑さえ気にしなければ、あと五貫六貫は食べたかったほどです。あれだけのうまい寿司は、本マグロの大トロ以外には食べたことがないですね。大トロも、いつまでもつづくあのとてつもなく濃縮された魚の旨味をいつまでも味わっていたい気分にさせてくれますが、あちらは数貫食べたら絶対飽きがくると思うのですが、こちらはそんなことがなかったです。
 あぁ、いま思い出しても実に幸せな味でした。
 今まで、自分の中では鰻の握りは、好きなことは好きでしたけれど、アナゴの押し寿司なんかのアップグレードのもので、鰻の寿司と、うな重やうな丼のどちらを食べたいかと言われれば間違いなく、うな丼でありうな重でしたが、これはそういうレベルでは全然なく、鰻に関しての自分の無知というか、自分は本当に美味しい鰻にはいまだあたったことがなかったんだなという事実を強く知らしめてくれました。実は、今年は何回か鰻を食べにいっていたんですが、これはもうまったく別種で、さすがは鰻専門店でございました。
 
 とはいえ、、、ちょっと探していってみたくらいでこのレベルなわけですから、初夏のもっと美味しい旬の時期であり、鰻料理屋に僕を走らせた山本氏の「龍吟」や奥田氏の「小十」なんかのそれはもっとすごいんだろうなぁと思うと、いてもたってもいられない気分になったりもします。美味しいものを食べることは本当に幸せだし、なにより生きたいと強く思わせるものだなと思った次第です。
 また、ちょっとですが、お金があったり、もてる人生もいいもんだろうけれども、そんなことより、こういう美味しいものか毎日食べられるほうが毎日幸せが実感できていいんじゃないかなんてことも思ったりしました。人生のうちであと何回食事ができるのかがわかりませんが、そんな中で、こういう食事ができるだけ多くできるといいなと思いましたね。
 で、実際問題としてうなぎってどんなに高いといっても、一人一万円程度ですから、一回の食事としては無理筋的に高いわけでもないですから(本格のイタリアンやフレンチになるとデートで何万円と軽くする店もあるわけでそういうのに比べれば全然もう気楽に食べれる中ですよね)、そう考えたら、簡単にコンビニだったり、そのあたりでごはんを済ませてしまうのは逆に罪悪な気分さえしたりして。デフレだなんだという前に、本当に美味しいものだったり、手間のかかるものや価値のあるものにはお金を無理のない範囲で出すのは義務のような気さえして。まぁ、これは僕がもともと100円均一ショップが日本の景気や躾・文化を悪くしている元凶だと思っているのもあるかも知れませんが。ともあれ、美味しいものは命の源だなと痛感、食は文化と思ったうなぎ料理でした。