小説・漫画好きの感想ブログ

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「蒼路の旅人」 上橋菜穂子著 感想

 「精霊の守り人」から始まったこのシリーズの文庫版最新刊です。
 異世界を舞台にしたファンタジーであり、少年の成長物語であり、時代絵巻でありというなかなかに盛りだくさんな内容ながら、話がとっちらかることなく、むしろ巻を重ねるごとにどんどんと重層的になっていく世界観がすごくいい物語です。現代日本のファンタジーの傑作という観点で言えば、まず間違いなく五本の指に入る作品です。
 今作の主人公は、チャグムという少年で、ヨゴ皇国と呼ばれる皇帝を神と崇める小国の皇子です。この主人公、次期皇帝ではあるものの、父親から疎まれ嫌われ、異母弟の母親からも刺客を送られるなど何かと辛い立場であるだけでなく、その身に異界の精霊の卵を宿したりもして何かとトラブルに巻き込まれてゆきます。今作でも、彼らの世界でどんどんと世界を併呑しているタルシュ帝国というところからの侵略の魔の手に故国がさらされているというのに、父親である帝の命令で暗殺のために外交の旅に出されるという悲劇ぶりを見せております。
 しかし、チャグムはその中でも、自分のことだけでなく、国のこと、人たちのこと、世界のことを考え、着実に成長してゆきます。彼の守り人であるバルサとも分かれた彼のもとには、彼を庇護するべき人物はおらず、かつまたちょっとネタバレしてしまうと、彼は今作では敵の帝国の虜囚ともなってしまいます。
 祖国とは比べものにならない巨大な帝国の実力や、彼らに攻め滅ぼされた様々な国を見たチャグムはそれを見定めた上で、また新たな人生の一歩を踏み出します。彼女の他の作品である「獣の奏者」でもそうでしたが、ミニマムな個人の成長物語と世界が大きく変わっていく巨大な物語が密接に結びつきながら、そこにまたファンタジーならではの異世界が絡んでくるこの多重構造の物語は児童文学にしておくには本当にもったいない豊かさを兼ね備えた名作です。
 どうやら、バルサを主人公とした「守り人」シリーズと、このチャグムを主人公とした「旅人」シリーズは今まで以上に結びついてより大きな物語になっていくようですが、本当に先が楽しみであるとともに、終わりが近づいてくるのが寂しい作品でもあります。
 文句なくおすすめの国産ファンタジー小説です。

蒼路の旅人 (新潮文庫)

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