小説・漫画好きの感想ブログ

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「向井帯刀の発心」 佐藤雅美著 感想

 時代劇の、元祖「居眠り」の藤木紋蔵の文庫最新版です。
 (あ、もちろんのこと、眠狂四郎とかは除きます)
 貧乏人の子だくさん。南町奉行所勤めとはいいながら、町回りと違って、ほうぼうからの付け届けや袖の下がまったくこない紋蔵にとっては、日々の生活がなかなかどうして大変なもの。そこへもってきて、彼は例繰方という特殊な御つとめの同心で、早い話が、過去の裁判事例を調べて御裁きが間違えないようにするという特殊なアドバイザーということもあって、いろいろなことに良い落としどころを見つけることを要求されるおつとめ。その仕事ののためか、ただでさえ報酬に見合わぬお役目であるのに、そういう事が得意ならばとお役所のややこしい事や難事件がなんだかんだと彼のもとへこっそりと押し付けられて来ます。もちろんのことながら、それに公費はつかずでそちらも大変です。 
 今回はそんな彼のところに、これまた無理難題がまたまた押し付けられてきて、結果として彼のところは二人いる息子(実の息子と義理の息子)が家を出る出ないという話がふってわいてきます。前作で、家の存続と冷飯食らいに弟たちをさせないために一人養子に出したばかりなのに、今度はお家の存続が危うくなるということで、紋蔵はそれを防ぐべく奔走するのですが、奉行所の中での役職の力関係や家柄での力関係、お金のあるなしの力関係が紋蔵を苦しめます。主人公の藤木紋蔵は、頭脳でいえばかなり切れ者ですし、剣の腕もそこそこたつのですが、軽輩であることと「居眠り」の奇病をもつことで肩身が狭いのです。
 とそんなことばかり書くと暗い話のように聞こえますが、この紋蔵、実に味わい深いキャラクターだし、彼の頭脳によって、いろいろな事件がピタリピタリと解決していったりする様はなかなかに楽しい物語で、ミステリ的な完成度が存外と高い事もあいまって読後感は結構良かったりします。また人情話的な側面もかなり強いので、いい意味で古き良き時代の時代劇や落語を見ているような暖かみもあります。
 剣豪や息をのむような剣の戦いをするわけでもなく、痛快な主人公がばっさばっさと快刀乱麻を断つというようなするような派手さはありませんが、しみじみと味わい深いシリーズです。平岩弓枝の「御宿かわせみ」ほどの派手さはないものの人情味が強く、テイストでいえば宇江佐真理の「髪結い伊左次捕物帳余話」のほうにより近い味わいといえば伝わりやすいでしょうか。血を吐くほどの苦しみを味わわされることはないけれど、けっこう辛い役所所や中間管理職の悲哀なんかも漂う一作です。
 刊行ペースが遅いので、もっともっと出して欲しいシリーズです。

 ちなみに表題作の「向井帯刀の発心」は、彼がよかれと思ってしたことがまわりまわって、一人の男の人生が変わっていく話なのですが、全員がよかれ、正しくかくあれと思ってすることがなかなか上手くいかない苦しさ、何事もなければすんだことがちょっとしたコトがきっかけで崩れていくところが、なんとも不可思議な読後感をもたらしてくれるお話です。

 

向井帯刀の発心 <物書同心居眠り紋蔵> (講談社文庫)

向井帯刀の発心 <物書同心居眠り紋蔵> (講談社文庫)