小説・漫画好きの感想ブログ

小説・漫画好きの感想ブログ

「木でできた海」 ジョナサン・キャロル著

 ジョナサン・キャロルの最新三部作(クレインズ・ビュー三部作)の掉尾を飾る一冊。
 ジョナサン・キャロルの面目躍如の信じられない展開、信じられないプロット、この世の中は一体どうなっているのか確固たる足場はないのか、といつものごとくページを繰る手がとまらなくなる一冊でした。
 特に今回は、キャロル作品に初めて? 宇宙人が登場。そのおかげでいつもの神学的というか哲学的な問いが前面に出る感じがやや薄らいでいますが、そのぶん何でもありの混乱度合いはいつも以上で最後の最後まで読み手は地の文も主人公も世界の枠組みさえも信じられずに、作品世界を追っかけることになります。
 (タイムトラベル的な要素まで絡んでくるということで、上辺だけみてSFとして紹介されたりもしたようですが、本質的なところは何も変わっていません。これをSFとして紹介してしまうのは、ガジェットだけみてSFと断定するようなものでSFファンにもキャロルにも失礼な話です)
 あらすじをざっと紹介すると、主人公は元悪たれで今は街の警察署長となったフラニー・マケイブ。彼のところにある日、一本足の足りない三本足の黒い犬が連れてこられます。ただ、その犬はあっけなく死んでしまい、日常のエピソードの一つとして終るはずでした。しかし、夫婦喧嘩の仲裁に入ったはずの家では、夫婦が煙のように消え失せるなど、その後は不可思議な事件が連続。埋めた筈の死体はいつの間にか車のトランクに戻って来てしまうし、ドラッグで死んだと思われた少女の死体はマケイブに語りかけるし、マケイブの数日間を彼と一度も出会うことなく絵にしていました。また、気がつけばマケイブは未来の世界に飛ばされていて、自分の妻が死んだと新しい妻に語られます。現代と過去、そして未来を自分自身の精神と肉体、そしてそれぞれの時代の自分たちと出会いつつ彼は何故こんな事態が生まれたのか探ろうとしますが、わけがわかりません。
 そんな彼の前に現れる謎の存在は七日以内にすべてが正しくならなければ、世界は終わると言います。ルールのわからない、解決策のわからない世界で走り回るマケイブ、自分のあり方、自分の過去、未来、そして死。それらをひたすら考えながら動くマケイブと一緒に読者はあらゆることを考えることになります。
 その中で問いかけられる問いの一つがこれ。
 「木でできた海で、どうやってボートを漕ぐのか?」
 答は、いかに。一人一人の中で違うことと思いますが、一見禅問答にも似たこのような問いかけと、明解な善悪二元論が通用しないのがこのジョナサン・キャロルの世界であり真骨頂です。良質の海外小説です。
 

木でできた海 (創元推理文庫)

木でできた海 (創元推理文庫)