小説・漫画好きの感想ブログ

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「冥府神の呼び声」 北森鴻著 

 本年393冊目の紹介文。
 ひさかたぶりの北森鴻の一冊は、初期のデビュー作のような位置づけの一冊。 
 物語は、帝都大学の解剖学教室の教授、吉井が都内の公園で刺し殺されたところから幕を開ける。彼は、脳死臨調のリーダーで、脳死の判定を緩め、日本を臓器移植がもっと出来る国にしようとしている人物としても有名だった。事件後、彼の元弟子で、今では彼と袂をわかったことで医師としての道を閉ざされ医療ルポライターとなっていた相馬が彼の調査へと乗り出す。しかし、彼がそこで見たものはてっきりと彼の後釜となっているはずだった男、九条の零落した姿であった。吉井の死の真相と、九条がホームレスになっていた理由、そして九条の連れていた予言のような事をする少女の謎はどう結びつくのか?
あらすじはここまでとして、結構、医療業界の闇をえぐり出していくハードなミステリーと本書はなっている。医学的にそれが可能かどうかは別として読ませる一冊。特に脳死についてのやり取りは手垢がつきすぎたテーマに思われがちだが、それだけまだガイドラインが確定しないテーマであるとも言えるし、この作品の発表年次を考えれば十分な野心作だとも言える。また、普通の医療ミステリーにせずに違う要素を入れてあるのも物語としての興趣を追加することでリーダビリティーを高めており、初期作品にしては完成度が高い(海堂尊の「チーム・バチスタの栄光」のような医療ものがここまで普通に出ているような下地はこの当時は絶無だったのではないだろうか)。
 ただ、それでもかなり重く、彼の他の諸作品に比べるとコメディ的な要素や人物が全くいないので、そのあたりは注意が必要か。

冥府神(アヌビス)の産声 (光文社文庫)

冥府神(アヌビス)の産声 (光文社文庫)