小説・漫画好きの感想ブログ

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「薪の結婚」ジョナサン・キャロル著


 素晴らしく傑作です。
 今迄のジョナサン・キャロルの他の作品も、何度も何度も読み返しましたがこの作品は、たぶんこれから何回何十回も読み返すんだろうなぁと強く予感します。前作の「蜂の巣にキス」では超自然的な要素を一切排した純粋ミステリを著した著者でしたが、今作では今までのキャロル路線に戻って、ダークファンタジー作家としての真骨頂を示しています。その上、人生について深い示唆をしてくれています。本作では、その人生についての示唆の部分が今までの作品より非常に多く重く強く出ています。謎めいた言葉であったり暗喩ではあるのですけれど(薪の結婚という象徴的な言葉も含めて)、何かを訴えようとしているのが、ほとんど物理的な強さになって伝わってきます。ここまで力強いと、こちらとしてもこれを何度も何度も読ん作者が示そうとしていることを、正しく完全にあますとこなく読み解きたいという思いを強く起こさせます。そういう部分が今迄の作品の中で一番強い作品です。
 ストーリーの大枠のアウトラインはいつもと同じで、少し陰鬱な幕開けが主人公の徐々に楽しくて素晴らしい人生へと変わっていくのを喜んでいる読者の前に、少しずつ少しずつ提示される違和感、異なる「何か」の干渉の前兆。加速的に物語が変貌を加えていき、我々を悩ませる何かが現れ、主人公は運命と対峙することになります。本作でもそのラインは崩されておらず、今作の主人公は素晴らしい古書の売買を取り扱うミランダという三十過ぎの女性が、アンモラルな、でも魅力的な生活を送っているところで幕をあけます。彼女は同窓のために田舎町に戻り、そこでかつての恋人の死を知ります。彼女にとって初めての恋人のジェームズの死は彼女を打ちのめしますが、彼女のクライアントの一人が紹介してくれた男性、ヒューはその彼女の絶望をもあっさりと塗り替える力をもっていました。妻帯者ではあるものの、知的で陽気でセンスがよくてまっすぐで圧倒的な魅力をもつヒューとの激しい恋に落ちるミランダ。彼の紹介で歴史上の有名人たちとも親しくしていた老婆の友人も出来、ヒューを奥さんから奪い取ることも果たしたミランダの前には彼女がしっかりと目を閉じていれば何も怖いものはなく、何もかもが彼女のものになっているように見えました。
 しかし、彼女の素晴らしい運命はここまで。ここから物語はもう一つの見えないけれど確かにある世界の干渉を受けていきます。破滅的で神秘的で、でも知ってしまえば逆らえない力の前に翻弄される彼女は果たして。。思いがけない展開と、人生や愛の捉え方を考えさせてくれる一冊です。ぱっと見には、ハーレクインロマンス+ホラーですが、そんな単純な話ではなくて、もっと深い力と示唆がここにはあります。是非読んで欲しい一冊です。
 蛇足ながら、キャロル作品をずっと担当されていた浅羽筴子さんがお亡くなりになり、今作から市田泉さんという新しい方が翻訳されていますが、よくぞここまで浅羽テイストを残してくれたと拍手喝采の引き継ぎです。

薪の結婚 (創元推理文庫)

薪の結婚 (創元推理文庫)