小説・漫画好きの感想ブログ

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卵のふわふわ 宇江佐真理

 
 こう暑いと食事をするのも、ちょっと億劫。とくに自分で作らないといけないとなると、面倒だから外食でいいかと思いがちで、そうなると主婦の人というのはとても大変なものであることだなぁと改めて思う訳です。
 さて。
 そんなわけで今日紹介するのは、食べ物を一つのテーマに据えた人情物の時代劇です。
 といっても、あくまで料理は短編連作集である本書の、一つの一つのネタであり、本筋は、椙田家という八丁堀同心の家の物語。主人の忠右衛門と、妻「ふで」、息子の正一郎、そして嫁に来ている「のぶ」彼らの物語です。のぶは、正一郎に惚れていたかから、喜んで正一郎の妻として椙田家に嫁にきたものの、どうしても正一郎とそりが合わない。というよりは、正一郎との間はさめていて、正一郎から愛されている実感が全くといいほど持てずにいます。ただ、舅の忠右衛門やふでとの関係が良好であるがために、別れるところまでは物語冒頭ではならず、家にいるというのが実際のところです。
 というのも、舅の彼が実によく出来た人で、同心の世界でも伝説的な人で、数々の武勇伝や逸話に事欠かない人物ではあるのですが、普段の物腰や態度には全くそんなところがなくて、おいしい物好きの食いしん坊な人のいいおじいちゃんにしか見えず、彼と話すと不思議と周りの空気はほんわかしてしまうのです。
 それに助けられて、のぶも椙田の家に留まっていた(不思議なことにのぶは偏食の固まりで食べることには苦痛がつきまとうのでそのあたりは忠右衛門と逆です)のですが、のぶの方にも二回の流産という当時の武家社会からしたらいつ離縁されても仕方のない負い目を感じているところもあって、なかなかうまくいきません。
 そういう椙田家が、一つ一つのちょっとした事件の中で家族関係を少しずつ変えていくのが、この「卵のふわふわ」という物語です。そして、最初に書いたように、その一つ一つの短編のネタに料理が出て来ます。
 列挙すると、
 黄身返し卵
 淡雪豆腐
 水雑炊 
 心太 
 卵のふわふわ
 ちょろぎ
 となっています。いずれも実際にしみじみおいしい物ばかりだし、うまく作品に取り入れられています。家庭内のことが中心になりますが、その周囲で推理ものとしての一面もちゃんとあり、家族もの、料理もの、同心もの、そういうものをうまく一冊に取り入れて無理なく消化しており、宇江佐真理という作家の力量を感じさせます。彼女の他の作品、例えば、髪結い伊作次のシリーズもそうですが、本当にうまい作家さんです。
 最近よく読む佐伯泰英の「居眠り磐音」シリーズともちょっと違っていい感じの作品です。

卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)

卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)