小説・漫画好きの感想ブログ

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「スプートニクの恋人」

 新しいサイトになって、村上春樹本の紹介を一冊もまだしていなかったので、最近読み返した『スプートニク』の恋人の感想をアップしたいと思います。
 今までと違って、主人公の「僕」の一人語りではなくて、主人公のいないところでの描写を三人称でしている村上春樹にしては珍しいパターンの作品である本書は、主人公の「僕」、そして「僕」が想う「すみれ」、「すみれ」の人生に突然現れた「ミュウ」の三人の物語です。
 学校の教師をしている主人公は、すみれがとても好きで好きでたまらないのですが、すみれは小説家になること以外には興味がなく、ファッションも生活もむちゃくちゃな女の子で(食事すらよく忘れるからガリガリで、ヘビースモーカーで、靴下だって片足ずつ違うのをはいていたりという感じです)、彼の気持ちとは裏腹になかなか恋にはならない状態を数年続けていました。それでも、彼は彼女との劇的な変転にかすかな希望をもちつつ、彼女の小説の読み手という彼女に一番近い人間のポジションを維持していました。もちろん彼にとってそれは苦しい選択なわけですが、彼は長年そうしていました。たぶん、彼女の人生には恋愛というのは起きないのだろうから、それならば次善の策ということで、と。
 しかし、そんなある日、彼女に突然の恋が訪れます。
 しかも、相手は年上の女性である「ミュウ」という女性です。すみれのいとこの結婚式でたまたま知り合いになったミュウに彼女は突然の激しい恋に落ちます。相手が女性であるとかそういうことはその恋の激しさの前には全く問題になりませんでした。しかも、その相手が就職なんてありえないと思っていた自分自身をスカウトして、彼女の秘書的な仕事につくように指示したとあっては、一気にその恋は加速していかざるを得ません。すみれは、髪を切り、服を揃え、タバコをやめ、上品になり、まるで別人のように変身します。恋をした女性ならではの変化の激しさに戸惑いつつも、彼はそれを受け入れざるを得ません。
 普通ならば、彼はそのまますみれとミュウの二人の物語から、とても遠い位置に離れて見つめるしかなくなる予定でした。
 しかし。
 夏休みのある日かかってきた一本の電話によって彼は再び彼女たちの物語に呼び込まれます。ギリシャのとある島からかかってきた一本の電話。かけてきたのはミュウで、なんとすみれが行方不明になったというのです。3日ほど前から突然行方不明になったというすみれ。彼はミュウに呼ばれるまま、すぐに翌日ギリシャに渡ります。ミュウと話した彼は、すみれとミュウの微妙な関係を聞き、すみれのパソコンの中に残っていた二つの文章から、すみれを探そうとします。
 そして、その過程で、ここではないどこかの世界からの音を聞きます。すみれにつながるその何かに彼は導かれて・・・

 初めて読んだとき同様、ちょっと違和感が残る部分はありますが、どこか切実な切迫した感じが伝わってくる小説で、村上春樹作品を最初に読む人にはあまりおすすめではないかも知れませんが、でも、かなり高い水準の作品だと思います。モチーフは、「あちら」と「こちら」という村上春樹作品おなじみのもので、悪くいえばワンパターンとも言われそうですが、今迄とちょっと違うアプローチをしているのではないかと僕は思います。同様のモチーフは「ねじ巻き鳥クロニクル」や「ダンス・ダンス・ダンス」などにも見られますがそれともちょっと違う形の「あちら」と「こちら」の物語にもなっていると思います。
 とはいえ、そういう難しい事を考えなくても、村上春樹の小説ですから、文体や語り口の面白さ、うまさに、ひきこまれるままに楽しむには何の問題もありません。特に、舞台と中心の季節が、海沿いの島で夏ですから、ちょうど今の時期とマッチします。
 
 

スプートニクの恋人 (講談社文庫)

スプートニクの恋人 (講談社文庫)