小説・漫画好きの感想ブログ

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[書評]「天使の牙から」ジョナサン・キャロル

 
 書評の1冊目は誰のどんな本にしようかと迷ったのだけれど、さすがに「絶望先生」とか漫画から始めるのもまずいし、さりとて今日読んでいたのは北方「水滸伝」の十作目とシリーズ作品の途中作だしということで、まずはこの本から始めることにしました。
 さて。ジョナサン・キャロル
 多作な作家さんではないし、創元推理文庫というちょっとマイナなところから出ているので、ファンはかなり限定されている方なんですが、この人の作品が実は僕は大好きなんです。ジャンルは、ダークファンタジーという、ちょっと風変わりなファンタジーで、「ハリーポッター」や「ダレンシャン」とか「魔法の国ザンス」とかああいうものを想像するとは全く違います。言葉にするのが少し難しいですが、一筋縄ではいかない、足下が崩れていくような感覚のファンタジーです。ごく当たり前の日常が少しずつ崩れていって、どうにも抜き差しならない事態、しかも魔法の力が絡んだ事態におかれる主人公たちを通じて一つの世界を作るのがこのジョナサン・キャロルという作家のパターンです。
 キャロルの作品は、たいていの場合は最初はとても甘美なまるでラブロマンス小説のようなおもむき(それもそれがちっとも読んでいて恥ずかしくなく、こういうような気のきいた恋愛というのも悪くないと思わせる)なのですが、少しずつ世界に違和感が漂い始め、いつしか気がつくと読者はページを繰る手を止められないということになります。これは、キャロルの文章力のなせる技なのでしょう。アイデアが凄いということもありますが、それ以上に物語を語る力、ワンフレーズだけでも読者をつかまえるその言葉の力が強いせいでしょう。
 さて、本作「天使の牙から」はそういういつものパターンからはやや異なり、冒頭から死期の迫った主人公が出て来ます。けれど中盤から後半にかけては作者の伝統パターンが炸裂して、一気に読ませます。主人公のワイアット・レナードは、かつて子供向けテレビ番組で一世を風靡したものの、今では癌に犯され余命もさだかではなく、病気とともに毎日を過ごしています。その彼の唯一無二といっていい友達のソフィーが、ある日、彼のところへ夢の中で死神と闘っている男性の話をもってきます。彼の義理の兄が知り合った人の話なのですが、ソフィーにはそれがまるでレナードにとって天啓であるかのように感じます。しかし、ほどなくしてその兄が失踪したという連絡を受け、ソフィーはその兄を探すために、レナードをともなってウィーンへと渡ります。
 ウィーンでは時を同じくして、もう一つの別の恋愛と恐怖の体験が幕をあけており、その事件にレナードとソフィーは入り込んでいきます。レナードの前に現れる不思議と異常な体験、そして死神からの接触。彼は死神の真意を見抜き、出し抜けるのか。それとも・・・。
 小説なんですが、非常に哲学的なこの小説では、死神とは一体何なのかということについて登場人物たちの言葉を借りて考察がすすめられてもいきます。キャロル的な世界では神や魔物、別世界に過去や未来までもが入り交じり、それらの解釈も作品ごとに微妙に違います。それらの矛盾はおいて、この作品を読むときは「果たして死神とは」なんて考えながら読むのも一興でしょう。
 ジョナサン・キャロルを初めて読む人には少しややこしいかも知れませんが、評価されていい作品だと思います。